2008年04月06日

戦争映画 FALL IN!! Vol.5 「ヒトラー 〜最期の12日間〜」

ヒトラー 〜最期の12日間〜独タイトル: Der Untergang
公開年: 2004年
製作: ドイツ・イタリア・オーストリア合作


「ドイツ人がヒトラーの映画を作った」 ― これだけで話題性十分の1本。物語は邦題の示す通り、独裁者ヒトラーの末期を実在の女性秘書の視点から再現したもの。ブルーノ・ガンツがとにかく似ていると話題になったが、似すぎていただけに議論を呼んだ作品でもある。


ストーリー
1945年4月20日、ベルリン。迫りくるソ連軍から身を守るため、ナチス党総統アドルフ・ヒトラー(ブルーノ・ガンツ)は、ごく限られた身内や側近たちと共にドイツ首相官邸の地下にある要塞へ退却。ヒトラーの個人秘書であるトラウドゥル・ユンゲ(アレクサンドラ・マリア・ララ)もその中にいた。側近たちはすでに敗戦を確信していたが、客観的な判断能力を失っていたヒトラーだけが、不可能な大逆転の作戦について熱く語り続けていた。やがて側近たちの逃亡、裏切りが相次ぎ、ヒトラーは最終決戦を決意。
(goo映画あらすじから抜粋)


お気づきかもしれないが、Vol.1からここまで一貫してヨーロッパ戦線についての映画を取り上げ、その全てにドイツが関係している。

お陰でナチズムは突如沸いて出たわけではなく、一次大戦後の列強による圧力、屈辱、貧困の結果、じわじわと育ってきたということが見えてきた。

映画は邦題が示す通り、もはやドイツの敗戦が決定的な状況を描いている。
なので、今回はナチス党がドイツ国内で頭角を表していく背景を追ってみた。


「ヒトラー 〜最期の12日間〜」の背景
1934年、国家元首の座についたヒトラーは国民投票の結果90%の支持率を得ていた。

驚きの数字である。
アドルフ・ヒトラーといえば、すぐさま悪の権化、サタンの申し子といったイメージで捉えられることが多い。しかし、これだけの支持を受けた背景として、彼に民衆を惹きつける魅力があったことは間違いない。

さえない画学生だったヒトラーはどうしてドイツ国民の熱狂的な人気を勝ち得たのだろうか?


1. 経済復興
1919年、第一次大戦敗戦の後に生まれたヴァイマール共和国は、理想的な憲法を掲げ、復興を目指したものの、1320億金マルクという気の遠くなる賠償金アルザス・ロレーヌ地方、ルール地方といった重要な経済拠点を奪われるなど、列強の締め付けに苦しんだ。
(この辺の話はVol.3でも触れた通り。)
ドイツ経済はハイパーインフレーション状態に陥り、紙幣は紙切れと化した。

シュトレーゼマン外交、アメリカの仲介による賠償金減額(ドーズ案、ヤング案)により、一時は復興の兆しを見せるが、世界大恐慌が決定的なクリティカル・ヒットとなる。

街には失業者が溢れ、社会不安は募る一方だった。


そんな中、ナチス政権は誕生した。
ヒトラーは第一帝国(神聖ローマ帝国)、第二帝国(ドイツ帝国)に次ぐ第三帝国を標榜し、ドイツ民族の歴史的な優秀性を鼓舞する。「ドイツ人よ、卑屈になるな」と。

そして首相就任演説において、ヒトラーは
「ドイツ国民よ、私に4年の猶予を与えよ。」
と宣言し、失業の解消と国民生活の向上を公約した。

首相就任演説の映像


ヒトラー自身は経済に疎かったが、経済大臣にシャハトを登用し、アウトバーンの建設に代表される公共事業を打ち立て、雇用を創出した。

その結果、4年後には完全雇用を実現し、ドイツはアメリカに次ぐ第2の経済大国となった。

つまり、公約を本当に実現したわけだ。


2. 宣伝
ナチスは宣伝という手法を政治に取り入れ、大いに活用した。
宣伝大臣という新たなポストに就いたヨーゼフ・ゲッベルスはメディアを活用することの重要性を熟知し、その方法も知っていた。

その代表例は以下の通り。

・ベルリン・オリンピック(1936年)
テレビ中継が史上初めて行われたのは実はベルリン・オリンピックで、盛大な開会式や開会宣言するヒトラーの様子がベルリン市内に放送された。
また、女性映画監督レニ・リーフェンシュタールに、「オリンピア」というプロパガンダ映画も制作させる。

・ラジオの普及
ゲッベルスは高価だったラジオを格安で販売しその普及を促し、メインストリーム・メディアとなったラジオを通じてヒトラーの演説を国民に伝えた。

・イメージ戦略
ナチス高官の写真には修正が加えられ、徹底したイメージ操作が行われていて、国民に「英雄的」イメージを植えつけていた。

↓ナチスのナンバー1、2、3の肖像。いずれも"よく撮れている"。
ヒトラーゲーリングヒムラー
※左からヒトラー、ゲーリング、ヒムラー

実際にはヒトラーは髪が薄かったし、ゲーリングはぶっくぶくに太っていたし、ヒムラーは凡庸な小役人的風貌だったという。

こうして扇動されたドイツ国民は「退廃」に向かって進んでしまったわけだ。


ナチス高官の最期
ヒトラーとゲッベルスの最期は映画の中に登場するが、他の高官たちのその後は最後にごく簡単に紹介されているだけ。なので、ここで彼らの足取りをまとめてみた。

ヘルマン・ゲーリング
国家元首。ニュルンベルク裁判後、死刑が確定したが、執行直前に青酸カリをあおって自殺。どうやって青酸カリを牢屋に持ち込んだのか謎とされていた。当時19歳の米兵が万年筆に仕込んだ青酸カリを街角で出会ったドイツ人女性に「常備薬だから」と渡された、という話がつい最近出回ったが、真相は不明。
彼の死体は焼却され、遺灰は川に捨てられた。

ハインリヒ・ヒムラー
親衛隊(SS)最高司令官・秘密警察(ゲシュタポ)長官。彼のトレードマークであるヒゲを剃り、メガネを眼帯に変えて2人の部下と共に逃走。ドイツ北部のイギリス軍の検問所で捕まる。尋問キャンプに連行され、身体検査中に奥歯に仕込んだ青酸カリのカプセルを噛んで自殺。
服毒に気づいた軍医たちは水の入ったボールに頭を押し込むなど救命処置を試みたが、15分後に絶命したという。

マルチン・ボルマン
総統秘書長。ヒトラーの信頼を得て党内でめきめき出世し、ヒトラーの最期を見届けた一人。遺言によりナチス党首に任命されるが、ベルリン脱出を試み足取りが途絶えた。ボルマンの生死は長年不明で様々な憶測を呼んだが、1972年ベルリンのヴァイデンダム橋近郊で見つかった2つの死体のうち1つがボルマンのものであると認定された。(もう1体はヒトラーの主治医のもの)死体には服毒自殺の痕跡が見られたらしい。
が、未だボルマンの国外逃亡説を信じる者も多い。

ルドルフ・ヘス
ナチ党副総統。ヒトラーの長年のシンパで、ミュンヘン一揆後ランツベルク刑務所収監中に「我が闘争」を口述筆記した人物。鬱病気味だったヘスは既にヒトラーの信用を失っていた。1941年、停戦交渉のため単独飛行でイギリスに飛んだが、ロンドン塔に送られた。従って、映画には登場しない。
ニュルンベルク裁判で終身刑を言い渡され、シュパンダウ刑務所に服役。
1987年、ヘスは服役中の所内でコードが首に絡まって死亡しているのを発見された。ヘスの死については、自殺説(公式見解)、殺害説、更には戦中替え玉説まで諸説紛々。

ヨアヒム・フォン・リッベントロップ
外務大臣。日独防共協定(1936年)や独ソ不可侵条約(1939年、モロトフ・リッベントロップ協定)を締結した外交官。党内ではゲッベルスに疎まられていた。ニュルンベルク裁判により絞首刑。

アルベルト・シュペーア
軍需大臣。作中、地下壕を訪問しヒトラーと会見した人物。
ヒトラーお気に入りの建築家で、ヒトラーは自身が果たせなかった芸術家としての夢を彼に託していたというが、後にヒトラーと袂を分かつ。
ニュルンベルク裁判では禁固20年の判決を受け、ナチス高官のうち唯一極刑を免れた。1981年、ロンドンにて死去。

アドルフ・アイヒマン
親衛隊中佐。ホロコーストの中心人物。
米軍に捕縛されるも、巧妙に逃亡を図る。ドイツ→イタリア、そして中立国アルゼンチンへと渡る。のちに家族を呼び寄せて、ブエノス・アイレスで平凡な生活を送っていた。
戦後イスラエル情報機関モサドヴィーゼンタール・センターによって、ナチス残党狩りが始まり、600万人の同胞を葬ったアイヒマンは第一の標的であった。
1960年、モサドはベンツ工場で働くリカルド・クレメントという男をマークした。ある日、男は帰宅途中に花束を買った。それを見たモサドはこの男こそ標的であると確信する。なぜなら、その日はアイヒマンの結婚記念日だった。
アイヒマンはイスラエルへと送られ公開裁判にかけられた後、1961年に絞首刑に処された。
アイヒマン裁判での有名な一言。「私はただ命令に従っただけだ。」

ちなみに本作の監督オリヴァー・ヒルシュビーゲルが撮った映画「es」は、スタンフォード監獄実験を基にしており、さらにその基になった実験はアイヒマン実験と呼ばれる。


おまけとして、1972年から1981年まで2期連続で国連事務総長を務めたクルト・ヴァルトハイムは、元ナチス突撃隊の将校だった。(発覚は事務総長辞任後)2007年6月に、心不全によりこの世を去る。


観賞のツボ
・2人の主人公
本作の主人公はヒトラーではない。1人は秘書のトラウドゥル・ユンゲであり、もう1人はベルリンの少年ペーターだ。
トラウドゥルは地下壕の中で焦燥し失墜する権威の模様、ペーターは戦火の中カオスに陥るベルリン市街の模様を観るものに伝える。
交わることのなかった2人は物語終盤、小さな接点で結ばれることになる。

・タバコ
ヒトラーはタバコ嫌いで、喫煙を禁じていた。にもかかわらず、作中たびたび喫煙のシーンが登場する。これはヒトラーの権力が"Der Untergang" ― 「凋落」していたことを象徴している。


併せてどうぞ
「アドルフに告ぐ」 手塚治虫著
俺的手塚マンガの最高傑作。幾重にも重なる社会情勢、深い人物描写、手に汗握るストーリ展開、ありきたりでないメッセージ性、完璧っす。
読み返すとその度に発見がある。情報収集も今ほどままならない時代によくぞここまで重厚なストーリーを紡ぎ出したものだと感嘆する。特にアドルフ・カウフマンがナチズムに傾倒していくさまは必読。


参考文献
「ヒトラーの秘密警察」 ルパート・バトラー著 / 原書房刊




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posted by n-o-b.net at 15:00| Comment(3) | TrackBack(0) | ■ 戦争映画 FALL IN!! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
2作続けて最近のですね。『戦場の〜」は見たんですけど、こっちは見てないんだよな〜。ヒトラーがそっくりなのは知ってるんですが。
ヒトラーか・・・。こういうののコメントって凄い難しいです。
ただ、上で語られているように、ヒトラーは自国の経済を立て直したある種の(誤解を恐れずに言うと)英雄でもある訳で、民衆の支持を得ていたことと加えて、こういう部分は評価されててもいいような気はします。
変な話ですが、すげー貧乏な大家族に生まれて、しかも父ちゃんリストラ、なんてなったところで長男が「よし、俺頑張って稼いでくるよ!」なんて言ったら、弟たち『あんちゃん頑張って!」になると思うんですよ。
人間弱ってるところに甘い言葉を囁かれたらなびいちゃいますよ。
まあもちろんナチスが是か否かと問われれば否なんですけど。
こういう判断って後になっているからできることです。
現状が正しいかどうかなんてその時の人間にはわかりません。絶対に正しい道、正解なんてないのかもしれませんね。万人が己の正義を叫び、主張する、それが現代です。今が正しいのかどうかは・・・後の世の人が判断するんでしょう。

なんか支離滅裂な文ですんません。
日本の現状を考えると、ヒトラーというカリスマ政治家を要していた当時のドイツが、ちょっとだけ羨ましい・・気もします。
Posted by R20 at 2008年04月07日 23:35
> R20 さん
毎度どうもです。「人間弱ってるところに甘い言葉を囁かれたらなびいちゃいますよ」ってその通りで、負けた方だけが「一方的に悪うございました」で思考を停止したら何も見えてこないわけです。
ヒトラーが権力をつけた裏にはちゃんと理由があった。
その辺をご理解いただき、幸いです。

ただ「ヒトラーというカリスマ政治家を要していた当時のドイツが、ちょっとだけ羨ましい」って発想はネオナチに近いっすよ。口にチャック。
Posted by n-o-b.net at 2008年04月08日 14:53
ははは。かなり誤解を与えてしまうような表現で申し訳ない。
なんというか、支持率20%台なんて言う我が国の総理大臣と比べて、みたいな意味でして、特にヒトラーに傾倒してる訳でもないです。
う〜ん、なんだろう、安心して政治を任せられる人がいた、ということに対しての羨ましさ、ですかね。
ヒトラーはどんどん間違っていっちゃった訳ですが。
すげー言い訳がましいですけど、あんまり深く考えてないんで、失礼しました。
やっぱコメント難しい(^ ^;)
Posted by R20 at 2008年04月08日 18:28
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