こういう人を「竹を割ったような性格」って言うんだろうなと思った。
すると、相手にそう告げるより早く「よく竹を割ったようだって言われるんです」とのこと。
ということは、「竹を割ったよう」という表現に関して、世間と自分の認識がずれていないということになる。
それにしても、イメージこそ沸きやすいものの、そもそも何故このような言い回しになったのだろうか?
気になったので、辞書で調べてみた。
――竹を割ったよう(たけをわったよう)
1. 竹を縦に割ると、まっすぐに割れるところから、人の性質がさっぱりしていて、わだかまりがないこと。
2. 素直で、悪いことができない性格。気性に陰険さや曲がったところがないこと。
なるほどイメージ通りの解答だ。
と一度は納得したものの、竹取の翁の時代ではなし、殺伐としたコンクリートジャングルの中で育った現代の子供たちには伝わりにくい表現なのではないか?
そこで、現代的で伝わりやすい言い回しはないか考えてみた。
つまりは、竹よりも身近にあって、スパっとまっすぐに分かれるものだ。
やはり
か 
だろう。
いずれもコンビニで身近に見かけ、繊維質できれいに縦に分けることができる。
形もどことなく竹に似ている。
従って、これからそのような方に出会った折には
「彼女はまるでさけるチーズを引き裂いたような性格ですね」
ないし
「あなたはカニカマを裂くように気持ちがいい方だ」
と言ってあげるとよいでしょう。
まんざら的外れでもないと思う。


初めのうちはね、皆さんそうおっしゃいます。