2007年10月15日

ネパール・ヒマラヤ紀行[丑の巻]

9月28日(金)

5:08起床。実に快眠。
今日からいよいよトレッキングが始まるわけだが、若干ののどの痛み以外は万全の体調。

荷造りを整え、チェックアウト。

タクシーをつかまえ、空港へ(Rs.300)。

カトマンズの朝

さて、空港へ向かう途中、日も明けぬこの時間に異様な光景を目にする。
我々から言うと反対車線に、バイクが切れ目なく長蛇の列をなしているのだ。
何事か?と思わざるを得ないこの状況だが、なぜかと言うとそれは給油のため

どういうことかと言うと、今ネパールは極端にガソリンが不足しており、ガソリンスタンドの前には5時間を超える長蛇の列ができる。当然、バイクに限った話ではなく、四輪車もしかりである。

その理由はネパール石油公社がガソリンの輸入元であるインドにお金を払っていないからなのだが、まだ家畜も眠っているこの時間にこの状況は尋常ではない。


ここで、言わせてもらいたい。

インド洋での給油活動で揉めている日本政府の皆さん、

どうかネパールに給油してあげてください。



・・・話はそれたが、ゆゆしき問題としてどうしても書いておきたかったので。

空港の国内線ターミナルに着き、空港税Rs.169を支払う。
ここから我々は一路カトマンズから東に飛んだトレッキングの玄関口となるルクラ(Lukla)という街へと飛ぶ。

Google Mapsでいうとここ


ここで最も心配されたのが、天候。
カトマンズ−ルクラ間の便は山間を飛ぶため、天候に激しく左右され、特に雨季は欠航になる日も多い。
この時点ではまだ雨季が明けた、とは断じかねる境目だったため、飛んでくれるか心配だった。
実際、搭乗する飛行機の手前までは行ったものの、そこで「ルクラ側の天候が優れない」ということで、待たされることになる。

早朝ランニング
軍隊の早朝ランニングを眺めつつ

が、待つこと30、40分で搭乗にゴーサインが出る。
一安心。

コクピット
コクピットが目の前

機内から見える景色はどうにも圧巻。
何層にも重なる雲がそれぞれ異なる速度で通り過ぎ、眼下には無骨に隆起した峡谷の合間に緑の段々畑、目線を上げると世界の屋根、ヒマラヤ山脈。普通はこうして飛行機でルクラまで飛ぶのだが、剛の者はこの道も2週間かけて踏破するらしい。

ルクラへ1

ルクラへ2

着陸の瞬間はどこからともなく拍手が起きた。

ルクラの天候は、晴朗なれど雲多し、といったところか。
晴れ男(aka Mr.ポンチョ要らず)面目躍如。

ひとまず、ヒマラヤン・アクティビティーズに教えてもらったNamaste Lodgeを探し、帰りの便のリコンファームを頼み、朝食。
モモ、チャパティ、オムレツ、それから高山病予防のガーリックスープを頼む。

モモ
これがモモ。写真の包み方は餃子タイプだが、小籠包タイプの方が一般的。

装備を整え、いよいよルクラを出発。
参考までにここで地図を引用↓
<外部リンク>

我々のトレッキングルートは、地図で言うと一番下のルクラ(Lukla)を出発し、1日目はパクディン(Phakding)に宿泊し、2日目にナムチェバザール(Namche Bazar)、3日目にエベレストが覗めるポイントまで行こうというもの。
4日目は天候が悪かったことを考えて予備日とし(曇っているとエベレストは見えないため)、5日目に一気にルクラまで下山する、というプラン。
(アレンジは全てソウ兄による。感謝。)

ちなみに荷物は40Lのバックパックに9kgの中身。Everest Base CampやGokyoといった2週間以上の行程を組む人よりは遥かに軽装備。

9時にルクラ出口のゲートをくぐる。
途中休憩を入れつつ、最初なので飛ばさずゆっくりと歩く。
道にそれほど緩急はなく、フラットでイージーなところがほとんど。

ルクラ〜パクディン

ところが出発して1.5時間位で遂に雨が降り始める。
Mr.ポンチョ要らず、ここで決壊。
雨具を取り出し、雨中の行軍となる。

Mr.ポンチョ
ピッピッピーヨコちゃん状態

それでも当初、初日の宿営地と考えていたパクディン(Phakding)に11:30には着いてしまった。

食事休憩を取って、雨の様子を見つつ、次の行動を考える。
雨は食堂のトタン屋根に激しく打ちつけ、視界もかなり悪くなってきた。

オーダーしたのはベジタブルモモ、ミートモモ、チーズモモ、スクランブルエッグ、トマトスープに温かい紅茶。
かようにカトマンズ含めてここに至るまで全ての機会にモモを頼んでいる。すっかりはまってしまい、「毎食これでもいいや」と思うほどだった。餃子よりもスパイシーで、小籠包ほど汁がなく、サモサのように揚げずに蒸すものも多い。
一番のオススメはスタンダードに蒸しミートモモ。これとチリソースが実に相性がよい。

と、食事が済んで小休止するが、雨が止む気配はない。しかし、ここで留まっていても仕方がないということで、次の大きな村、モンジョ(Monjo)まで足を伸ばすことにする。
幸い雨足は出発すると少し収まってきた。

途中こんな吊り橋に何度か出くわす。
吊り橋

ここに来て、ソウ兄が高所恐怖症であることが判明。
って先生、そもそも高所恐怖症のお人が山登り、しかも「世界の屋根」をトレッキングしようということ自体大きな矛盾ではないでしょうか。

なお、山岳地帯に入ると人種がコーカソイドより圧倒的にモンゴロイドに傾いてくる。これは元々この一帯に住むのがモンゴロイドのシェルパ族だから。
皆よく山焼けしていて、登山者にやさしい。子供に至ってはリンゴほっぺに青っ洟と「三丁目の夕日」的フレーバー。

お子様
妹の子守をする少女

道は勾配は多少増えたものの基本的に平坦で、心配されたヒザや足首も今のところ全く問題なし。

一度ベンカー(Benkar)でティータイムを取るが、がつがつ進む。

聖なる動物
高地に生息する牛、ヤクとは普通にすれ違う

途中、コリアンの女性Kelliとすれ違い、上の状況を聞いたところ彼女はガイドは雇ったもののたった1人でEverest Base Campまでアタックし、わずか後1時間という距離まで行きながら高山病がひどくなり、涙を呑んで引き返したらしい。
さぞかし残念だったことと思う。
(彼女とは後に偶然再会する)

モンジョ(Monjo)には16時に到着。いっそもう一足伸ばして次のジョルサレ(Jorsale)まで行こうかと話したが、また雨が強くなり始めたし、たまたま入ったレストラン兼ロッジの主人が非常に好印象だったので、欲張らずモンジョでステイすることに決める。

部屋はツインでRs.100プラスホットシャワーが1人Rs.150。つまりRs.200になる。400円位のものなので、この場所でこの環境を考えれば驚異的な安さといっていいだろう。この資材の1つ1つを山を越えて運び、或いは石を切り出してこしらえてくれたヒマラヤン達にひたする頭が下がる。
環境は全然違うが、以前、富士山の8合目で山小屋に泊まった時は大変な思いをしたので、ひとしおである。

宿には我々の他に年配のオーストリア人1人、イギリスはヨークシャーから来た夫婦が1組。
食事時には計3組で乾杯。イギリス夫婦とはお互いの新政権について話す。オーストリア人の彼は実はプロの山岳ガイドだったが、現在は半リタイアしていて今回は個人的に訪れているそうだ。


シャワーを浴びて床に就き、電気を消すと聞こえるのはソウ兄の寝息と川の濁流の音だけ。無粋な言い方をすれば、エアコンの送風口から漏れる音に似ている。しかし、それはヒマラヤ山脈から一滴一滴沁み出した雫が合流し、果てはインド洋へ注ぐ出発点となるのだ、という想像は心地よく半笑いのまま眠りの中へ連れて行ってくれた。
posted by n-o-b.net at 12:00| Comment(1) | TrackBack(0) | ■ ネパール・ヒマラヤ紀行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
飛行機、一番前の席から観る景色は他に比べるものが無い!笑
右席をご用意させていただきますが?
Posted by Nori at 2007年10月16日 11:01
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