2010年03月06日

これまでの一行ネタ 2009冬

キーワードは大相撲(主に朝●龍)とバンクーバー、そんな冬でございました。

【2009年12月】
12/1 師走となり、いよいよコタツから離れたくない季節がおいでなすったWEBプロデューサー
12/2 鮨屋では温かいお茶はタダだが冷たいお茶は有料だと心得ているWEBプロデューサー
12/3 たまにムラムラとガンプラが作りたくなるWEBプロデューサー
12/4 1年ぶりにコートを出したらポケットから変わり果てた笹カマが出てきたWEBプロデューサー
12/5 そろそろ来年のカレンダーを手作りしようと思うWEBプロデューサー
12/7 茶柱に米粒を付けて無理矢理立たせてみるWEBプロデューサー
12/9 雑誌の端とか紙切れで指を切るとなんだか妙に口惜しいWEBプロデューサー
12/10 コーヒーは苦すっぱくて飲めないお子様味覚のWEBプロデューサー
12/11 今までに食べたパンの数など覚えていない程度にジョジョ好きなWEBプロデューサー
12/14 やむにやまれずトイレットペーパーの芯まで使用したことがあるWEBプロデューサー
12/15 目覚めたら芸術的な寝癖に変身してたWEBプロデューサー
12/16 1人でできるもん、とはいえさすがに1人でプリクラを撮る勇気はないWEBプロデューサー
12/17 ビニール傘を盗まれるWEBプロデューサー
12/18 亀●静香はちっとも静かじゃないと思うWEBプロデューサー
12/20 印刷して持参したのにクーポンを見せるのを忘れたWEBプロデューサー
12/21 M1の決勝戦を録るか、「坂の上の雲」を録るか、真剣に悩むWEBプロデューサー
12/22 岡田監督とフジ福井アナは区別が付かないレベルで似て蝶だと思うWEBプロデューサー
12/23 「クリスマスどうするの?」という面倒な質問には「1人鍋パ」と答えるWEBプロデューサー
12/24 ドリフのクリスマス人形劇がもう1度観たいWEBプロデューサー
12/25 うつぶせで寝るWEBプロデューサー
12/26 3年ぶりに会った人に「髪切った?」って聞かれても「そりゃあね」と思うWEBプロデューサー
12/27 アタック25終盤で優勝に絡まないのに回答する人を見るとなんか切ないWEBプロデューサー
12/29 「年越しどうすんの?」と聞かれたら「ガキの使い」と答えることにしているWEBプロデューサー
12/30 最終的に今年のブログ更新本数は10回に満たなかったWEBプロデューサー
12/31 子供の頃2010年辺りには空飛ぶ車が走っていると思ってたWEBプロデューサー

【2010年1月】
1/1 新年早々腰を痛めて地を這って生活しているWEBプロデューサー
1/2 初夢の内容は決して人に言いたくないがとにかくおぞましいアレだったWEBプロデューサー
1/3 年始は例外なく餅太りし、かつ日本男児として誇りにすら思うWEBプロデューサー
1/4 セールで衝動買いしたアイテムは着回しが利かずタンスの肥しになるWEBプロデューサー
1/5 ポケットの中によくアメちゃんを忍ばせているWEBプロデューサー
1/6 牛丼屋でツユダクが頼みにくいWEBプロデューサー
1/7 全米の人はよく泣くんだなーと思うWEBプロデューサー
1/8 たまに主張の激しい鼻毛がソロデビューしていることがあるWEBプロデューサー
1/9 人には言えない過去があるWEBプロデューサー
1/12 ソリティア、フリーセルなどWin標準ゲームは1通り中毒化したWEBプロデューサー
1/13 普段はガキの使いを生でやったら生ガキだなあとかそんなことを考えてるWEBプロデューサー
1/14 今年の目標は槍ヶ岳登頂にしておこうと思うWEBプロデューサー
1/15 コミックソングの金字塔「金太の大冒険」と同じ年に誕生したWEBプロデューサー
1/16 ポイントカードが多すぎてもはやどれがどれだかわからないWEBプロデューサー
1/18 Wiiがほしい、Wiiがほしい、WiiがほしいWEBプロデューサー
1/19 殻付きの味付け卵はどうやって味をつけているのか不思議に思うWEBプロデューサー
1/20 サントリーホールとカントリーマアムは気持ち似ていると思うWEBプロデューサー
1/21 ラーメン食べ終わった頃に餃子がくると残念な気持ちになるWEBプロデューサー
1/22 最近の口癖は今更「まさに外道」であるWEBプロデューサー
1/23 買う物を忘れないように書いたメモを家に忘れるWEBプロデューサー
1/24 映画館を出てもう外が暗かったりするとなんだか切なくなるWEBプロデューサー
1/25 FCUK(FRENCH CONNECTION UK)の看板を見るとドキっとするWEBプロデューサー
1/26 2chのまとめサイトから社会の窓を覗くWEBプロデューサー
1/27 少年期のトラウマワードと言えば「冒険の書は消えました」であるWEBプロデューサー
1/28 パンでもご飯でも麺類でも炭水化物が大好きで困るWEBプロデューサー
1/29 今まで払ったご祝儀でちょっとした車くらいは買えるWEBプロデューサー
1/30 先週借りて観た映画が今週テレビでやることを知るWEBプロデューサー
1/31 揚げ物をそこそこ食べると胸焼けするWEBプロデューサー

【2010年2月】
2/2 幾つになっても雪が降るとテンション上がるがそうでもない振りをするWEBプロデューサー
2/3 恵方巻を無言で一気食いしたらむせたWEBプロデューサー
2/4 財布の中に5万以上入っているとなんだか不安になるWEBプロデューサー
2/5 そういえば笑ってはいけない病院以来サンプラザ中野を見ていないWEBプロデューサー
2/6 休日には寝癖の1つや2つ気にしないWEBプロデューサー
2/8 買い足してもなぜかすぐハンガーが足りなくなるWEBプロデューサー
2/9 たった6日の旅行記を書くのに1年の歳月をかけた遅筆癖のあるWEBプロデューサー
2/10 少女マンガの人はコンタクト入れやすそうだなあとか思うWEBプロデューサー
2/11 10回に1回位の割合で靴下の穴に気付かず生活しているWEBプロデューサー
2/12 ふわふわに焼き上げたオムレツを床に落として鬱になるWEBプロデューサー
2/13 値段交渉してしまった手前、買わざるを得なくなったWEBプロデューサー
2/17 夜道で前を歩いていた女性が突然小走りになるWEBプロデューサー
2/18 キン消しとガンプラを必死で集めるごく普通の少年時代を送ったWEBプロデューサー
2/19 バンクーバーのオリンピックとハンバーガーとチキンスティックは似ていると思うWEBプロデューサー
2/22 お墓を見るとついつい親指を隠すWEBプロデューサー
2/24 ルールがわからずカーリングの話題で盛り上がれないWEBプロデューサー
2/25 好楽師匠とコーラック2錠はよく似ていると思うWEBプロデューサー
2/26 IKEAよりニトリ派のWEBプロデューサー
2/27 最大のオサレポイントは伊達めがねであるWEBプロデューサー
2/28 フレンチやイタリアンのシェフはどんだけ気まぐれなんだよと思うWEBプロデューサー
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2010年02月15日

これまでの一行ネタ 2009秋

大分記憶に新しくなってきた2009年秋コレ。

【2009年9月】
9/1 割と地震には敏感な方なのでXデーに備えて耐震対策は怠らないWEBプロデューサー
9/2 パフュームとバキュームと白昼夢はよく似ていると思うWEBプロデューサー
9/3 バランスボールの上でマトリクスのポーズを試してみたWEBプロデューサー
9/4 おにぎりのお海苔は断然しっとり派であるWEBプロデューサー
9/5 初めての弁当屋ではいつも無難に唐揚げ弁当を頼むWEBプロデューサー
9/7 久しぶりに実家に帰ったら大切な漫画コレクションが処分されていたWEBプロデューサー
9/8 誕生日に届いた48通のEメールのうち48通が迷惑メールだったWEBプロデューサー
9/9 服屋で店員に話しかけられると一気に萎えて購買意欲を失うWEBプロデューサー
9/10 幼少期に牛乳瓶のフタを集めていた心理が今では理解できないWEBプロデューサー
9/11 顎関節症は発音しにくいが骨粗鬆症に比べれば何てことないと語るWEBプロデューサー
9/12 破れジーンズを履いてる人に一応こっそり破れてることを教えてあげるWEBプロデューサー
9/13 クソ映画は100に1の良作映画に出会うための肥やしであると考えるWEBプロデューサー
9/14 DVDの中身を忘れてケースだけ返却し、後日延滞料金を払ったWEBプロデューサー
9/15 何気なくTシャツを着た時、後ろ前が逆になってることが多いWEBプロデューサー
9/16 ふりかけさえあればおかずなど要らないWEBプロデューサー
9/17 里芋の皮を剥いた後は指がかゆいWEBプロデューサー
9/18 いざ使う時になって接着剤やガムテープの類が見つからないWEBプロデューサー
9/19 「あれ?俺今何しようとしてたんだっけ?」ってことがめっきり増えたWEBプロデューサー
9/23 カーナビの中の人みたいな人を嫁にほしいと思ったWEBプロデューサー
9/24 節食中にも関わらず夜中にサッポロ一番(みそ)の誘惑に負けたWEBプロデューサー
9/25 同じ容器に入ったウスターソースと醤油の見分けがつけにくいWEBプロデューサー
9/27 捨てずにとっておいた銀のエンゼルを2枚持っているWEBプロデューサー
9/28 焼肉屋で前掛けを着けるとどんな人でもすべからくかわいく見えるWEBプロデューサー
9/29 「ダイバスター」打ち切りの訃報を受け、只今喪に服しているWEBプロデューサー
9/30 回転ドアにはさまったことがあるWEBプロデューサー

【2009年10月】
10/1 手に余る質問には「ググれ」と適切なアドバイスを与えるWEBプロデューサー
10/3 猫よけペットボトルで戯れる猫の一団を見たWEBプロデューサー
10/4 餃子を上手にフライパンから剥がせなかった時、複雑な感情が沸き起こるWEBプロデューサー
10/5 割と女性に人気のある食材アボガドの語源を知ってちょっと吹いたWEBプロデューサー
※アボカド:アステカ人の言葉、ナワトル語で形が睾丸に似ていることに由来。
10/6 JRをE電、東京ドームをBIG EGGと呼んでいた時代を知っているWEBプロデューサー
10/7 ピザをピッツァ、デザートをスイーツと呼ぶのはなんか鼻につくWEBプロデューサー
10/8 台風ニュースをぬくぬくと寝床で見る時の多幸感ったらないWEBプロデューサー
10/9 誤って賞味期限後30日の生卵を食べても何ともなかった自分が怖いWEBプロデューサー
10/11 たまに無意識のうちにテレビに突っ込んでいることがあるWEBプロデューサー
10/12 期待外れのラーメン屋に限って床がよく滑る気がするWEBプロデューサー
10/13 モホロビチッチ不連続面(地質用語,通称モホ面)の語感に吹いたWEBプロデューサー
※モホロビチッチ不連続面:地震波速度の境界であり、地球の地殻とマントルとの境界のこと。
10/14 アメトーークは溜めておいて一気観するWEBプロデューサー
10/15 イタリアンで適当に頼んだらトマトベースばっか、なんて失敗談を持つWEBプロデューサー
10/16 濫用激しい「エコ」って言葉に、もはや拒否反応すら感じるWEBプロデューサー
10/17 さけるチーズはプレーンではなくスモークに限るWEBプロデューサー
10/18 少年時代ゆで卵を丸呑みしてピッコロ大魔王を演じたことがあるWEBプロデューサー
10/19 鉄観音茶ってなんだか強そうな名前だなあと思うWEBプロデューサー
10/20 「頭がよくなる○○」というキャッチに弱いWEBプロデューサー
10/21 「あお向け」と「うつ伏せ」は急に言われると一瞬どっちか迷うWEBプロデューサー
10/22 慣れない車で給油する時ボンネットを開けてしまうWEBプロデューサー
10/23 「水曜どうでしょう」と「就職どうしよう」はよく似ていると思うWEBプロデューサー
10/24 割り箸袋に入っている爪楊枝で指を刺した苦い思い出があるWEBプロデューサー
10/25 カラオケボックスでトイレに立った後、部屋がわからず往生するWEBプロデューサー
10/26 ドライブスルーで注文する時つい前のめりになってしまうWEBプロデューサー
10/27 コンビニ弁当のソースも一緒にチンしてしまったりするWEBプロデューサー
10/28 Tシャツ着たまま髪を染め、お釈迦にする羽目になったWEBプロデューサー
10/29 コンビニのおでんはツユだくにしてもらうWEBプロデューサー
10/30 卵を割った時黄身が2つ入っていると少しだけ幸せになるWEBプロデューサー

【2009年11月】
11/2 いくつになろうが注射を打つ時には緊張感が走るWEBプロデューサー
11/4 お金を落としたことは数知れないが拾ったことは数えるほどしかないWEBプロデューサー
11/6 魚偏の漢字がいっぱい書いてある湯呑みを持っているWEBプロデューサー
11/7 近所のコンビニの若いんだけど大滝秀治似の店員が激しく気になるWEBプロデューサー
11/8 占いの類はこれっぱかしも信じないくせに風水は意外と気にするWEBプロデューサー
11/9 迷うだけ迷って結局買わない派のWEBプロデューサー
11/10 デートの前の日のハートチップルには要注意と語るWEBプロデューサー
11/11 そうか今日はポッキーの日か、と気付くWEBプロデューサー
11/12 穴子好きとしてはウツボ辺りも案外いけるんじゃないかと思うWEBプロデューサー
11/13 好きな食べ物は後に残しとく派から先に食べる派にチェンジしたWEBプロデューサー
11/15 夢の中ではどうしてもへぼパンチしか繰り出せないWEBプロデューサー
11/16 よく出没するスポットはブックオフの100円コーナーであるWEBプロデューサー
11/17 「インフルエンザにはかからない」と嘯いていた過去の自分を戒めたいWEBプロデューサー
11/18 結局インフルエンザじゃなかったことを主に感謝したいWEBプロデューサー
11/19 飲まずに放置しておいた紙コップがしなしなになってることがあるWEBプロデューサー
11/20 ファンタはグレープをこよなく愛すWEBプロデューサー
11/21 韓国料理屋の金属箸は重い上に冷麺がするすると逃げて食べにくいWEBプロデューサー
11/25 消し去りたい過去はとても1つや2つで済む話ではないWEBプロデューサー
11/26 1回さよなら言った後にもう1度会ってしまうと気まずいWEBプロデューサー
11/27 ランチョンマットがすぐ汚れるWEBプロデューサー
11/28 朝に浮かんだビックカメラのテーマ曲が1日頭から離れなかったWEBプロデューサー
11/29 そろそろ加齢臭の発生に怯えるWEBプロデューサー
11/30 ニコ動のお気に入りタグは「もっと評価されるべき」であるWEBプロデューサー

これからもhitori de dekirumonは良質な「だからどうした」を日々垂れ流してまいります。

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2010年02月14日

これまでの一行ネタ 2009夏

2009年夏バージョン。この頃の世間は裁判員制度の開始、そして政権交代が実現した総選挙など司法、行政ともに大変革の時であった。
一方その頃私はというと、情けなくなるほどの平凡な日々であった。

【2009年6月】
6/1 カップ焼きそばにお湯を入れる前にソースを入れてしまい自分を呪ったWEBプロデューサー
6/2 高層ビルに登るとつい「ハハハ!まるで人がゴミのようだ!」と言ってしまうWEBプロデューサー
6/3 最近ハリウッド俳優の名前を思い出せず煩悶することが多いWEBプロデューサー
6/4 激辛食品を食べた次の日のお通じが怖いWEBプロデューサー
6/6 チキン野菜カレーを頼む時、誤ってチキン野郎カレーくださいと口走ったWEBプロデューサー
6/7 歩きながら「ガラスの十代」を口ずさむレトロな少年を見たWEBプロデューサー
6/8 コタツのコードで大転倒し、ようやく今年のコタツしまいの儀式実施を決意したWEBプロデューサー
※心から自分がいやになる一行である。
6/9 自らの寝汗で目覚めることがあるWEBプロデューサー
6/10 高速で牛を轢きそうになり危うく大惨事になりかけた(本当)WEBプロデューサー
6/11 夜のコンビニにジャージで買出しに行ったら職質されたWEBプロデューサー
6/13 袋とじには大体がっかりさせられることが多いWEBプロデューサー
6/15 下着が裏表逆でも全く気付かず1日を過ごせた、これを「平和」と呼ぶWEBプロデューサー
※または「おめでたい」と言う。
6/16 夜中にうまそうな食べ物が出てくる映画を観るもんじゃないと思うWEBプロデューサー
6/17 雨ニモマケズかびニモマケズ梅雨ノじめじめニモマケナイ丈夫ナ心ヲ持チタイWEBプロデューサー
6/18 足の指を蚊に刺された時のイライラ感ったらないWEBプロデューサー
6/19 お絞りの袋をパンッと割ってしまうWEBプロデューサー
6/20 辛党だけどエクレア好きで知られるWEBプロデューサー
6/20 たて笛でガンダム(ファースト)の主題歌を吹くことができたWEBプロデューサー
6/22 関西人とお好み焼に行く度頼むからお好みで焼かせてくれと思うWEBプロデューサー
6/23 全国の校長先生は貧血気味の生徒のことも考えてスピーチしてほしいWEBプロデューサー
6/24 買ったばかりの家電の取り説を読んでる時に幸せを感じるWEBプロデューサー
6/25 基本的な2ch用語は一通り知っているが使い道はないWEBプロデューサー
6/26 ヘヴィメタの人はもっとギターを大切に扱った方がいいと思うWEBプロデューサー
6/27 自分宛に送ったメールが迷惑メールに振り分けられたWEBプロデューサー
6/29 猫を見ると思わず「あ、猫だ」と口に出して言ってしまうWEBプロデューサー
6/30 母に「あ俺俺」と言って電話をかけたらガチャギリされたWEBプロデューサー

【2009年7月】
7/1 2009年も半分が過ぎたがボルネオ紀行完結の目処は立たないWEBプロデューサー
7/2 モー娘。も区別がつかないのにAKB48などわかろうはずがないWEBプロデューサー
7/3 飛行機のマイルは貯めたところで使えた試しがないWEBプロデューサー
7/4 ブログに寄せられるコメントのうち9割はスパムであるWEBプロデューサー
7/5 結婚式での鉄板ネタ「こんな新婚夫婦はいやだ」を持つWEBプロデューサー
7/6 折角書いた長文メール、送信直前に電源が落ちたWEBプロデューサー
7/7 七夕の空に洗濯物の生乾きがなんとかなりますようにと祈るWEBプロデューサー
7/8 いい歳して今日は財布に300円しか入っていないWEBプロデューサー
7/9 「私の大切なマイミクさんです」ほど薄っぺらい友情はないと思ふWEBプロデューサー
7/10 一度ホッケが海で泳いでいるところを見てみたいWEBプロデューサー
7/11 マナカナの見分け方を教えてほしいWEBプロデューサー
7/12 朝帰りの際、仕込みを始めてる豆腐屋の前を通ると罪悪感を感じるWEBプロデューサー
7/13 ミック・ジャガーと肉じゃがはよく似ていると思うWEBプロデューサー
7/14 レンゲがラーメンの中に落ちると哀しいWEBプロデューサー
7/15 どういうわけか小学生の女の子に座席を譲られたWEBプロデューサー
7/16 ホワイトボード用マーカーは書けないことが多くていらいらするWEBプロデューサー
7/17 ジェットタオルから出る温風からつい顔をそむけてしまうWEBプロデューサー
7/18 ドラクエと言えばVでビアンカではなくフローラを選んだことを後悔しているWEBプロデューサー
7/20 デジャヴかと思ったらただのもの忘れだったWEBプロデューサー
7/21 眉剃りで手がすべり、なんか常に困ってる人みたいな顔になったWEBプロデューサー
7/22 皆既日食にちなんで今日はピータンを食べようと思うWEBプロデューサー
※そう言えば大騒ぎしてました。
7/23 麻雀の役で一番好きなのは緑一色−理由は目に優しいからなWEBプロデューサー
7/24 パーキングエリアで誤って他人の車に向かってリモコンキーをかざすWEBプロデューサー
7/25 携帯送信メールを見返すと「了解です」のみの場合が異様に多いWEBプロデューサー
7/26 サウナに入っている時の10分と終電発車前の10分は大分違うWEBプロデューサー
7/27 遅まきながら本年の冷やし中華デビューを果たしたWEBプロデューサー
7/28 ノートの最初の方のページだけ字がきれいなWEBプロデューサー
7/29 日本人の好きな物ランキング1位はランキングではないかと思うWEBプロデューサー
7/30 ラミレスはファミレスが好きに違いないと思うWEBプロデューサー
7/31 宝くじは当たったためしがない―なぜなら買ったことがないからなWEBプロデューサー

【2009年8月】
8/1 3秒ルール?10秒までは許容範囲じゃい、とうそぶくWEBプロデューサー
8/3 首都高渋滞中にあわやガス欠、一方膀胱満タンの状況に泣いたWEBプロデューサー
8/4 山手線にて「やりちん」Tシャツを着ている外人さんを見たWEBプロデューサー
8/5 Windowsシャットダウン時の更新プログラムインストールにいらつくWEBプロデューサー
8/6 イベリコ豚はイベリ子豚だと思っていたWEBプロデューサー
8/7 夏になるとなぜか無性に長崎ちゃんぽんが食べたくなる症候群のWEBプロデューサー
8/8 「今日は好きなだけ寝狂うぞ!」って時に限って早めに目が覚めるWEBプロデューサー
8/9 勝負パンツに穴が空いたWEBプロデューサー
8/10 「碧いうさぎ」はバカ売れだったけど「白いくすり」でガサ入れとは世の中は怖いWEBプロデューサー
※そうそう大騒ぎしてました。
8/11 「目玉焼きにはソース」―高校の修学旅行まで常識だと思っていたWEBプロデューサー
8/12 Photoshopテクを無駄遣いし、心霊写真を捏造するWEBプロデューサー
8/13 HDDレコーダーに観るでも捨てるでもなく録ってあるVが結構あるWEBプロデューサー
8/14 毎夏恒例「火垂るの墓」放映日につき21時には自宅待機を心がけるWEBプロデューサー
8/15 Aメロとサビしか知らない歌でも力技で乗り切るWEBプロデューサー
8/16 カレーを作る時、いっつも福神漬けを買い忘れるWEBプロデューサー
8/17 かき氷のブルーハワイは結局何味なのかがわからないWEBプロデューサー
8/18 たまにはモスバーガーでちょっと贅沢したい時だってあるWEBプロデューサー
8/19 合コン前の「私の友達●●に似てるよ」情報は大体ガセだと主張するWEBプロデューサー
8/20 最後にファミレスにファミリーで行ったのはいつだろうと感傷に浸るWEBプロデューサー
8/21 カレーパンは自分で作ったら相当面倒なのに100円で買えるとはすごいと思うWEBプロデューサー
8/22 エロイムエッサイムとL,M,Sサイズはよく似ていると思うWEBプロデューサー
8/24 ちょっくら北岳山頂まで薬草を取りに行っているWEBプロデューサー
8/25 わざわざ南アルプスに南アルプスの天然水を持っていったWEBプロデューサー
8/27 残暑が厳しいこの時期、コロナビールを冷蔵庫に常備しているWEBプロデューサー
8/28 洗濯機とケンタッキーはよく似ていると思うWEBプロデューサー
8/30 サランラップをうまく切るのは手首の返しが重要だとようやく悟ったWEBプロデューサー
8/31 完徹明けに名刺と間違えて診察券を差し出したWEBプロデューサー

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2010年02月13日

これまでの一行ネタ 2009春

2009年春バージョンです。ちなみにこの頃の世間は、北朝鮮がミサイル発射実験を実施したり、新型インフルエンザの発生で騒いでいたりでしたが、↓を読み返してみると私個人はいたってマイペースです。

【2009年3月】
3/1 暦は3月・・・ブログ内では未だにボルネオにいるWEBプロデューサー
3/2 人生史上1度だけプリクラを撮ったことがあるWEBプロデューサー
3/3 コタツの電源が「入」のまま2日家を空けた自分を激しくなじるWEBプロデューサー
3/4 リモコンの電池は換え時の見極めが難しいと思うWEBプロデューサー
3/5 100均に行ってまずすることは何を買おうとしていたのか思い出すことなWEBプロデューサー
3/6 サイババかと思ったらスキマスイッチだったWEBプロデューサー
※スキマスイッチかと思ったらトータルテンボスだったということも。
3/7 未だにシャーペンを信用せず、鉛筆派を貫くWEBプロデューサー
3/9 地味に続けた500円玉貯金で2度海外に行ったWEBプロデューサー
3/10 旅館などでお代り自由だとQ太郎並みに米を食らうWEBプロデューサー
3/11 「てんこ盛り」という言葉にそこはかとないエロスを感じるWEBプロデューサー
3/12 マサチューセッツ州で手術中と早口で言えないWEBプロデューサー
3/13 花粉症は一生他人事で終わってほしいと思うWEBプロデューサー
3/14 シャンプーとリンスが一緒に亡くならないのは何かの陰謀だと勘ぐるWEBプロデューサー
3/16 「港の見える丘公園」を「港公園」と略し、横浜市民に半切れされたWEBプロデューサー
3/17 吉野家でごゆっくりどうぞと言われても真に受ける奴はいないと思うWEBプロデューサー
3/18 発泡酒はビールの風上にも置けないが、酔っちゃえば関係ないWEBプロデューサー
3/19 春になると増えてくる変な人の1人は自分かもしれないWEBプロデューサー
3/20 餃子のタレにラー油は入れないWEBプロデューサー
※全てがそうと言えばそうなのだが、見事にどうでもいい情報過ぎて、当時の俺に「だから何なんだ?」と問いたい。
3/21 パ・リーグとポリープはほんの少し似ていると思うWEBプロデューサー
3/22 キングボンビーにうなされる夢を見たWEBプロデューサー
3/23 ティッシュ配りにスルーされるWEBプロデューサー
3/24 WBCの盛り上がりに乗り切れていないWEBプロデューサー
3/25 ポンカンとイヨカンの区別がつかないWEBプロデューサー
3/26 ATMにSuicaを入れようとしたWEBプロデューサー
3/27 自動改札にキャッシュカードをかざしてしまったWEBプロデューサー
3/30 早春の花見でお風邪を召したWEBプロデューサー
3/31 クーポン券を使いたい時には期限切れになっていることが多いWEBプロデューサー

【2009年4月】
4/1 4月馬鹿だからいうことでは断じてなく、ブログの更新頻度アップを誓うWEBプロデューサー
※結局は4月馬鹿であった。
4/2 いい歳になっても犬のフンを踏むことがあるとは知らなかったWEBプロデューサー
4/3 カップの味噌汁のプラッチックのフタは資源の無駄だと思うWEBプロデューサー
4/4 煮てよし、焼いてよし、しめてよし ― 鯖はよい食品だと思うWEBプロデューサー
4/6 ピースサインでポーズ、という文化を持たないWEBプロデューサー
4/7 ちゃんと麦の味がする、と言われても麦の味など麦茶しか知らぬWEBプロデューサー
4/8 「リンダリンダ」を序盤で入れられるとペース配分がわからなくなるWEBプロデューサー
4/9 ゴミ箱バスケの決定率は5割弱といったところなWEBプロデューサー
4/10 松屋と間違えて吉野家で危うく食い逃げしかけたWEBプロデューサー
4/12 横断歩道の白い部分だけ選んで歩くWEBプロデューサー
4/13 灯台下暗しと大正デモクラシーはよく似ていると思うWEBプロデューサー
4/15 ブーメランを持ったコートニー・ラブに追いかけられる夢を見たWEBプロデューサー
4/16 おニューの何かをおろした時に限って雨に降られるWEBプロデューサー
4/17 住所を記入する時最後の方は欄が足りなくて字が小さくなるWEBプロデューサー
4/18 もはやメーカーサポート対象外の携帯を後生大事に使っているWEBプロデューサー
4/19 パーマをかけたのに誰からも気付かれないWEBプロデューサー
4/20 ビルの窓拭きの人とガラス越しに目が合うと気まずいWEBプロデューサー
4/21 ピースサインでポーズ、という文化を最近までは持たずに生きてきたWEBプロデューサー
※4/6からの2週間で何かを受け容れたらしい当時の自分がいとおしい。
4/23 とっくに返却期限の過ぎたDVDをかばんに見つけて青ざめるWEBプロデューサー
4/24 3年使い続けたマイ携帯・・・そろそろお別れみてえだ、とつぶやくWEBプロデューサー
4/25 コタツで寝たら、地獄の業火に焼かれる夢を見たWEBプロデューサー
※4月も末なのにおコタで寝てしまったご様子な当時の自分がいとおしい。
4/27 夜中にぱっと目が覚めると4:44であることがままあるWEBプロデューサー
4/28 忙しいとは心を亡くすと書くのだと、心に言い聞かせるWEBプロデューサー
4/29 疲れるとは何かに憑かれることだと、心に言い聞かせるWEBプロデューサー
4/30 エビフライはありがたく尻尾までいただくWEBプロデューサー

【2009年5月】
5/1 GWだからって浮かれてなんかいない!と素直じゃないことを言うWEBプロデューサー
5/2 300円台のビールは大体薄いが、その辺は大人の配慮で飲み込むWEBプロデューサー
5/3 愛読書は昔なぜか送別会でもらった「日本の仏像100選」であるWEBプロデューサー
5/5 サビのとこだけ英語の歌は音読すると意外なほど笑えるWEBプロデューサー
※試しにTUBEの曲辺りで試してみるとよい。
5/6 プリッツは常に2本ずつ食べるWEBプロデューサー
5/7 朝はダイバスターのテーマで目覚めるWEBプロデューサー
5/8 更新サボって2ヶ月、そろそろ死亡説でも流れたら面白いと思うWEBプロデューサー
5/9 一番最近見かけた有名人はピカデリー梅田であるWEBプロデューサー
5/10 定額給付金?全部飲んでやる、と息巻くWEBプロデューサー
5/11 1週間前の今日、何を食べたのかなかなか思い出せないWEBプロデューサー
5/12 自販機にて4千円のお釣りを取り忘れた口惜しい経験が2度あるWEBプロデューサー
5/13 よく口の周りに何かついているWEBプロデューサー
5/14 画面右上に「アナログ」と表示される旧人類であるWEBプロデューサー
5/15 ファミレスのボタンは強め長めに1度だけ確実に押すWEBプロデューサー
5/16 朝の最初の日課はリモコンを探すことであるWEBプロデューサー
5/17 冥土の土産とメイドの耳毛はよく似ていると思うWEBプロデューサー
5/18 コンディショナーとリンスの違いがわからないWEBプロデューサー
5/19 鮭イクラ丼だって親子丼じゃないか、とはたと気付いたWEBプロデューサー
5/20 食がすっかり細り、食べ放題で元が取れないWEBプロデューサー
5/21 近所にいい意味でよくお釣りを間違えてくれる中華屋があるWEBプロデューサー
5/22 脱水の際に踊り狂う主人によく似た洗濯機を持つWEBプロデューサー
5/24 枝豆=大豆であることを知った時の感動を今でも忘れないWEBプロデューサー
5/25 高校時代「ケイドロ」か?「ドロケイ」か?でクラスが真っ二つに割れたWEBプロデューサー
5/26 ボトルガムは開封したが最後、やめられないとまらないWEBプロデューサー
5/27 ガムテープとバウムクーヘンはよく似ていると思うWEBプロデューサー
5/28 HDDプレイヤーに溜まったVは結局観ずに削除することがままあるWEBプロデューサー
5/29 炭酸飲料を開ける時慎重になる程度の学習能力はあるWEBプロデューサー

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2010年02月12日

これまでの一行ネタ 2008冬

先の旅行記で遅筆に遅筆を重ね、もはや過疎っぷりがとめどもない当ブログであるが、驚くべきことにそれでも1日100から200名程度のご訪問を賜れるのはひとえに、Google先生のお陰、ほぼ日ペースで更新したこの一行ネタであると信じております。
ということで、恥ずかしながら2008年からのバックデートと相成りましたが、まとめて蔵出しさせていただきます。

【2008年12月】
12/1 12月に突入した時のなんともいえないノスタルジーがたまらんWEBプロデューサー
12/2 「今年のマフラーはこの巻き方!」などの情報は死ぬ程どうでもいいWEBプロデューサー
12/3 ぐっと冷え込む今時分の二度寝には気を付けて!と警鐘を鳴らすWEBプロデューサー
12/4 行列ができる店はうまいとは限らないと社会に鋭くメスを入れるWEBプロデューサー
12/5 ワタナベさんのあだ名が往々にしてナベちゃんになる世の中って単純、と思うWEBプロデューサー
12/6 プチプチは雑巾絞りで一気潰し派のWEBプロデューサー
12/7 実は通勤ラッシュを経験したことがないWEBプロデューサー
12/8 この曲懐かしーと思ったらアラウンド40のCDだった・・・まだ30代のWEBプロデューサー
12/9 街のイルミネーションを見て今頃でんこちゃんカンカンだろうなあと思うWEBプロデューサー
12/10 服屋の店員は話しかけてこないでほしいWEBプロデューサー
12/12 この季節になると古傷(親不知)がしくしくと痛むWEBプロデューサー
12/13 ドSないしドMと自ら言う人はドが着く程でない、またはその逆と語るWEBプロデューサー
12/14 好きな映画監督はコッポラ、ギリアムなどツイてない人を挙げるWEBプロデューサー
12/15 今年も残り2週間、今年中にボルネオ紀行を挙げられるか不安なWEBプロデューサー
※今年(2008)どころか翌年にも挙げられなかったダメ人間は私です
12/16 女性は自分のことをいくつまで女の子と呼ぶのか境界が知りたいWEBプロデューサー
12/17 「自分へのご褒美」名義の出費が増える季節がやってきたWEBプロデューサー
12/18 雪山でリフトを降りたが板を持っていない、という夢にうなされるWEBプロデューサー
12/19 そろそろ恒例行事、カレンダー取替えの儀式をしめやかに執り行うWEBプロデューサー
12/20 忘年会続きでもはや忘れるべき思い出が残っていないWEBプロデューサー
12/21 寒いのに何もオープンカフェで待合わせなくてもという場面を目撃するWEBプロデューサー
12/22 かた焼きそばが食べてるうちにフニャフニャになるWEBプロデューサー
12/23 M1は個人的にはオードリーの圧勝だと思ったのに世間ズレを感じたWEBプロデューサー
※NON STYLEが優勝した年。
12/24 クリスマスに歌いたい曲として日本ブレイク工業社歌を挙げるWEBプロデューサー
12/25 今宵は男10人でメリークリスマスの杯をあげた自分を誇らしく思うWEBプロデューサー
12/26 道に落ちてる軍手(片っぽ)の相棒は今頃どうしてるだろうと考えるWEBプロデューサー
12/28 自販機のお釣りが全て10円玉と100円玉で出てくるとイラっとくるWEBプロデューサー
12/30 少し窓の曇りが気になっただけなのにいつの間にやら大掃除になるWEBプロデューサー
12/31 雑誌を処分する際に最後にもう一度中をチェックすると捨てられなくなるWEBプロデューサー

【2009年1月】
1/1 新年の抱負はとりあえずブログ更新頻度アップにしておこうと思うWEBプロデューサー
※教訓:適当に作った抱負は決して実ることはない
1/2 「あけおめ」「ことよろ」って表現にいい加減飽きろよ世間、と思うWEBプロデューサー
1/3 食い過ぎにつき、そろそろ雑煮は象にでもやってしまいたいWEBプロデューサー
1/4 正月のスローライフから今日中に立ち直れるのか?いや無理、なWEBプロデューサー
1/5 東京の玄関口東京駅は外来者に著しく優しくないと思うWEBプロデューサー
1/6 強がっているが本当は大殺界であることに若干びびっているWEBプロデューサー
1/7 カニ好きで知られるWEBプロデューサー
1/8 ヤシの木に登るカニ、ヤシガニの存在に生命の神秘を感じたWEBプロデューサー
1/9 Tシャツを後ろ前に着てても1日中気が付かないことは割とあるWEBプロデューサー
1/10 とんがりコーン≒付け爪と言うとんがった発想を持つWEBプロデューサー
1/11 今日こそ髪切ろうって朝に限って起き抜けにセットがまとまってたりするWEBプロデューサー
1/12 成人式 ― もはやセピア色の思ひ出なWEBプロデューサー
1/13 買った次の日に同じマフラーをしてる人を見てなんか凹んだWEBプロデューサー
1/14 おニャン子世代のWEBプロデューサー
1/15 ラーメン屋はそこそこ小汚い方が客が入ってる気がするWEBプロデューサー
1/16 夜中に書いた手紙は、朝出す前に読み返すことを強く薦めるWEBプロデューサー
1/17 長い間ありがとう。このタイミングで他界した愛機(PC)に哀悼の意を捧げるWEBプロデューサー
1/19 母親のことを間違えて「先生」と呼んでしまったことがあるWEBプロデューサー
1/20 卒業旅行は「3万円でどこまで行けるか」を単身実施し熊本まで行ったWEBプロデューサー
1/21 視界に入ったさくらんぼの枝はすべからく口の中で結ぶWEBプロデューサー
1/22 女子の見事なネイルアートを見るにつけ(花札みたいだ)と密かに思うWEBプロデューサー
1/23 最寄り駅の駅員の中に明らかに魚市場出身者がいるWEBプロデューサー
1/24 普通の人の高いテンションと自らの低いテンションが大体同じ位なWEBプロデューサー
1/25 髪の分け目を右から左に変えてみたけど誰にも気付かれなかったWEBプロデューサー
1/26 鼻かんだティッシュを思わず開いて見てしまうWEBプロデューサー
1/27 「食間」に服用する薬はつい飲むのを忘れてしまいがちなWEBプロデューサー
1/28 吊り下げの日能研は年々難易度が増してる気がするWEBプロデューサー
1/29 いちいち面倒なのでファミレスでは各店頼むメニューを決めているWEBプロデューサー
1/30 「いつもの」と言うと黙ってお気に入りの一杯が出てくる店などないWEBプロデューサー
1/31 ノキア・ジャパンの新社長ウコンマーンアホ氏の就任を心から祝うWEBプロデューサー
※すでに前社長となられたが、フルネームはマウリ・ウコンマーンアホ氏

【2009年2月】
2/1 なで肩につき、トートバッグがするする落ちるWEBプロデューサー
2/2 ビンゴの真ん中のFREEは最初から開けときゃいいのにと思うWEBプロデューサー
2/3 直らない寝癖はナチュラルヘアーと解釈して諦めるWEBプロデューサー
2/4 1クール欠かさず観ていた番組の最終回だけ見逃したWEBプロデューサー
2/5 道に落ちているガムの跡を貨幣と見間違えるWEBプロデューサー
2/6 ペヤングの湯切りに失敗するWEBプロデューサー
2/7 未だに自動改札で腰が引けるWEBプロデューサー
2/9 バレンタインにときめかなくなってもう幾年なWEBプロデューサー
2/10 千葉で乗ったのに寝過ごして、湘南の風を感じる破目になったWEBプロデューサー
2/11 きのこの山派かたけのこの里派か問われればたけのこ派であるWEBプロデューサー
2/12 カット中の美容師の不用意な独り言にドキドキさせられるWEBプロデューサー
2/13 相田みつをは基本的にどうでもいいことしか言ってないことを知っているWEBプロデューサー
2/14 たまに金曜ロードショーを観ると高頻度で「ホーム・アローン」をやってる気がするWEBプロデューサー
2/15 プスチックをプラッチックと言ってしまう昔気質なWEBプロデューサー
2/16 芸術の粋な字の汚さなため3日前自分が書いた字が判読できないWEBプロデューサー
2/17 100円均一でついついどうせ使わない物まで買ってしまうWEBプロデューサー
2/18 通っている整体はお年寄りが多いがBGMはレゲエなのが気になるWEBプロデューサー
2/19 ドコモの料金体系はわかりにくい、と愚痴を漏らすWEBプロデューサー
2/20 新しい靴をおろす前に一度部屋の中で履いてみるWEBプロデューサー
2/21 気付いたらあっさりマスオさんの年齢を超えているWEBプロデューサー
2/22 最近3時間越えの大作映画は真っ先に選択肢から外れるWEBプロデューサー
2/23 両目とも視力1.5以上だが都合の悪いものは見えなかったことにするWEBプロデューサー
2/24 毎週R25を読むが、考えてみるともはやターゲット層ではないWEBプロデューサー
2/25 後で後悔するのはわかっていても逆剥けを剥いてしまうWEBプロデューサー
2/26 虫眼鏡で太陽、など見てはいけないものをつい見たくなるWEBプロデューサー
2/27 給油ポンプを使うとお手々がくたびれるWEBプロデューサー

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2010年02月09日

【INDEX】マレーシア・ボルネオ紀行

マレーシア・ボルネオ紀行[子の巻]・・・・・・東京→コタ・キナバルへ
マレーシア・ボルネオ紀行[丑の巻]・・・・・・登山開始→ラバン・ラタへ
マレーシア・ボルネオ紀行[寅の巻]・・・・・・キナバル山登頂
マレーシア・ボルネオ紀行[卯の巻]・・・・・・下山→ポーリン温泉
マレーシア・ボルネオ紀行[辰の巻]・・・・・・ポーリン温泉→コタ・キナバル
マレーシア・ボルネオ紀行[巳の巻]・・・・・・コタ・キナバル→ブルネイ?
マレーシア・ボルネオ紀行[午の巻]・・・・・・ディープ・ブルー
マレーシア・ボルネオ紀行[未の巻]・・・・・・ジェッセルトン・ポイント他
マレーシア・ボルネオ紀行[申の巻]・・・・・・コタ・キナバル→帰国

結局起稿から擱筆(かくひつ)まで1年を擁した今回の旅行記。
それならさぞかし一大絵巻なのかといえば、何の変哲もないありふれたトラベルブログですが、これでようやくぽっくり逝っても心残りはないというものです。
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2010年01月22日

マレーシア・ボルネオ紀行[申の巻]

第6日目
8時に起床。帰国日である。
パッキングを先に済ませ、昨日宿に到着した日本人カップルを連れ立って、日曜市にいってみた。

KK日曜市

彼らとはすぐに別れて、1人でぶらぶらと通りを流した。

KK日曜市2

露店で目に付いた小物やアクセサリーをお土産用にいくつか購入し、朝食にと食堂に入ってミー(麺)を注文した。

KK港

数ブロック離れたセンターマーケットにも足を伸ばす。
日曜なのでそれほど活気はないが、野菜、魚など日本ではお目にかかったことのない珍しいものがいくつも並べられていて興味深かった。

センターマーケット

KKもこれで見納めなので若干遠回りをして9:30には宿に戻った。

Normanが起きていて、ティーを勧めてくれた。
たった3日だが、すったもんだあったこともあり、すでにここTropicana Lodgeはちょっとした我が家感覚が芽生えていたので、後小1時間で立ち去ると思うと、なんだか後ろ髪を引かれる思いもあった。

宿代の精算を済ませたところでVincentがやってきた。
「もう発つのか?」と聞かれ「そうだ」と答えると、「次はいつくるんだ?」と返ってきた。

「俺がまたこれる保証はないが、俺の知り合いでKKに行くって人がいたら必ずここを紹介するよ」
と告げると、
「そうか。ならこうしよう。Nobuに紹介されたって言う旅行者がきたら、インターネットはタダで使い放題にしてやるよ」

(・・・時間が経ちすぎているので今更ではあるが、万に一つこれからボルネオはコタ・キナバルに行く機会があり、Tropicana Lodgeに泊まるという天文学的確率のお方がいらっしゃいましたら、↑とオーナーのVincentに言ったらインターネット利用料を無料にしてくれるかもです。)

Normanと連絡先を交換しようと言う話になったので、E-mailアドレスを聞こうとしたら、Facebookの登録名を教えられ、「友達登録してよ」と言われた。

なるほど、ってことは最近はバックパッカー同士の連絡先交換もSNSを通じてやんのかなあ、と思った。

時間になったので、2人と握手と別れの言葉を交わし、呼んでもらったタクシーに乗り込んだ。

タクシーの運転手はえらく陽気な人で到着するまで延々と話しかけられた。

「KKはいいところだろう?キナバル山には登ったのか?そうか、きれいだっただろう。俺は田舎育ちだから小さい頃は山を飛び回ってたもんだが、今じゃシグナルヒルに登るだけでもぜいぜいもんだ。
お前は1人もんか?そうか、家族は早く持ったほうがいいぞ。俺か?もう孫が3人いるよ。」


こんな調子で彼の故郷自慢、家族自慢を聞いているうちに、車はターミナルへと辿りついた。

今回の旅は短い割に喜怒哀楽色々あったが、最後に楽な感じのおっちゃんにしめてもらえたのは実に幸いであった。

空港でチェックインし、荷物を預け、残ったリンギットを円に交換した。

身軽になったところでスターバックスに入り、余ったリンギットをきれいに消費してお茶を買った。

店の外の椅子に腰掛け、温かいお茶を流し込み一息入れながら、怒涛のような6日間の行程を反芻し、さて次はどこの国にお邪魔させてもらおうかという想いを巡らせていた。

帰国便から

2010年01月03日

マレーシア・ボルネオ紀行[未の巻]

第5日目
前日にかなりのドカ寝を繰り広げたにも関わらず、目が覚めると10時を回っていた。我ながらよく眠れたものだ。

すでにボスのVincentはおらずNormanが共有スペースで優雅にタバコをふかしていた。

ドイツ人青年とドイツ人夫婦もいて、テレビで「デスペラード」を観ていたので自分も朝食がてら序盤だけ同席し、準備ができたので11時前には出発した。

とはいえ、本来ならブルネイにいるはずだったわけで、予定も計画もあろうはずもない。

よく晴れ渡る空の下、とりあえず宿の裏手にある裏山を登り、シグナルヒルと呼ばれる展望台に行ってみた。
そこはKKの街並みが一望できるちょっとした場所で、洋の東西を問わずまとまった数の観光客が見られた。

シグナルヒル1

こうして見るとKKはなんだか見覚えがある気がするなあと思ったら、そうだ海のクリア度を除けば熱海にそっくりだなあと熱帯の暑さにほだされながらぼんやりと思った。

シグナルヒル2

圧倒的な暑さと他の観光客からやたらにカメラマン役を仰せつかるのが疎ましく思われ、丘を下りる。

さて次はどうしようかと、目的もなく海沿いを歩き、なんとなくバス停に並んだ。

KK港

横にいた初老のオッチャンが「どこにいくんだ?」と聞くので「どこに行けばいい?」と素っ頓狂な質問を投げ返すと、至極真面目に「いくあてがないならWetlandに行くといい。それなら俺と同じ方向だ」とのたまう。
「へえ、何があるの?」と聞くと「鳥」とこれまたシンプルな答えが返ってきた。
断る理由はない。

オッチャンと一緒に何本かのバスをやりすごした後、オッチャンが言うまま来たバスに乗り込んだ。

10分もしない内に肩を叩かれ、「ここだ」と言われたのでなんとなく握手をしてバスを降りた。結論から言うとオッチャンの言うWetlandから大分遠い位置で降ろされたのがこれもまあご愛嬌というものだ。

加えて一切看板がないので、炎天下を20分近く歩いた後に道行く人に尋ねたところ今来た道を20分ほど行ったところだと言われげんなりしたが、それもまた愛嬌と言うものだ。

目的地の手前に丁度いい感じのショッピングセンターがあったのでそこで水分とカロリーを補給する。

たどりついたWetland Centerは20ヘクタールの沼地の中に足場だけ設け、来る鳥拒まずの鳥の楽園であった。

Wetland Center

確実に確認できたのは白鷺とムツゴロウ(Mudskipper)が作った泥山の一群くらいだったが、十分に楽しめた。

ムツゴロウの巣
ムツゴロウの巣穴。こういうのがいっぱいあった。

14時にそこを出て、また手前のモールで水分補給する。

往路と同じバスに乗り、今度はジェッセルトン・ポイントと呼ばれる港で降りた。(RM0.5)

ジェッセルトン・ポイント

余談だが、ジェッセルトンとはKKがまだイギリス領だった時の名称で、その名残である。

さらに余談だが、その後ボルネオは第2次大戦時に日本領となる。
つまり、この地はかつてはパスポートなしで来れる"わが国"であったわけだ。

加えて余談だが、この時に読んでいた本は「サンダカン八番娼館」というノンフィクション作家、山崎朋子の著書である。

その内容は明治時代に"からゆきさん"として日本からボルネオ、サンダカン(ボルネオの東に位置するかつての首都)に連れてこられた女性の哀しい歴史絵巻である。

この地で読むには余りに思うところが多い一冊であり、この地で読むがゆえに教科書では決して読み取れない歴史の暗部と、その深奥に流れる何百年、何千年経とうと変わることのない人間の欲動というか情念というか、そういう感情の渦が津波のように押し寄せる読書体験であった。


話を戻す。
たどり着いたジェッセルトン・ポイントはかつての軍港としての面影は微塵もなく、近隣の島々へと観光客を運ぶ行楽のゲートウェイであった。

例によって自分には計画も予定もないので、折角なので近場の島へ足を伸ばすことにした。

チケットカウンターへ行き、最初は手軽に一番近いサピ島へ行こうと思ったが、自分以外誰もサピ島へ行く人がおらず、最少催行人数の7人に満たないのでボートを出せないと言う。

ふと、前に並んでいたシンガポール人男性2人にどこに行くのか尋ねると、その少し先のマヌカン島だという。

ならば、ということで自分もあっさり目的地を変えた。
こだわる理由など何一つない。

10分ほど待ち、1組の中国人カップルがやってきたところで、7人には満たないがゴーサインがかかった。

ボートはえらい揺れてザッパンザッパンと20分程海原を駆け、マヌカン島へと寄港した。

マヌカン島へ

到着すると中国人カップルが「え?自分達が行くはずだったのはサピ島だったんだけど」とゴネ始め、バウチャーを見せて一悶着始まったが、船頭が「どっちも大差ないよ」というと意外なほど2人ともあっさり折れ、下船した。

彼らが折れたのもうなずける話で、何しろ目の前にあるビーチも覗いた青い海も文句のつけようのない美しさで、ここでもいいかという気にもなるだろう。

↓こんな感じ
マヌカン島1
※クリックで拡大

↓で、こんな感じ
マヌカン島2
※クリックで拡大、点みたいなのは魚

ともあれ何の因果か男1人南国ビーチリゾートぶらり旅が始まった。

別にそうしたくてそうなったわけではないし、自分は海というより山がお好みのタイプなわけだが、こうして素敵な宇宙船地球号の乗組員たる恩恵を味わえる状況に置かれ、何の不満があろうか。

マヌカン島3

マヌカン島4

マヌカン島ではビールを飲んだり、読書をしたり、それに飽きたらポイを回したりしてお気楽に過ごし、帰りの船の時間になったので17時少し前に船着場へと戻った。

すでに行きに一緒だった4人は乗船していて、自分が最後の1人だった。
かっとばしてジェッセルトン・ポイントに着く。

時間的に日没に近かったので、折角だからここでサンセットとしゃれこもうと手近なカフェのテラスに席を取った。

しばらくして雨が降り出しそうな空模様になったので、店の中に移ると、途端にどしゃ降りとなった。

ジェッセルトン夕焼け

南国特有のスコールなのでどしゃ降りだけどサンセットは見えるという不思議な光景であったが、いずれにしろ一昨日見た夕焼けほどのインパクトはなくそろそろ宿に戻りたかったが、一向に雨脚は変わらず、帰るに帰れなかった。

そんな時に話しかけてきたのがそこのカフェで働く女性Pさんだった。

彼女は見るからにマレー系で、褐色の肌に掘りの深い目鼻立ちは一見して美人に分類される容姿であった。

どしゃ降りで雨宿り、という状況を見かねたのか彼女は隣の席に座り、チキンの乗ったプレートを差し出し、自分に勧めてくれた。
もう1人彼女の同僚Bさんも加わり、向かいのレストランから買ってきたと思われる一皿を供じてくれた。

PさんもBさんも仕事は終わったものの自分と同じく雨のせいで帰れない模様だった。

Bさんが店の奥に引っ込んだので、なんとなく沈黙を破ろうとPさんに「見ててみ、後10分したら雨止むから」と適当なことを言ってみた。

彼女は「この雨は10分やそこらじゃ止まないよ」と笑ったが、意外なことに10分経つと本当に雨はぴたりとあがった。カサイラーズっぷり再臨の瞬間だった。

単なる偶然に過ぎなかったが、彼女はえらく感激したらしく「一緒に帰ろうよ」と誘われた。
断る理由はないのでバスに乗って帰るという彼女をバス停まで送って行くことにした。

その道すがら彼女が「これからどこに行くの?」としきりに聞くので、「日本の友達にお土産を買いに行く」と答えると、彼女がモールまで案内してくれた。

モールをぶらぶらと歩いていると、彼女が「ここのチョコレートがおいしいよ」というので言われるままにいくつか購入した。

買い物を終えても彼女は帰ろうとしないので、さてどうしたものかと思ったが、カフェで頼んでないのにご馳走してもらったこともあり、「お腹減ってる?」と聞いてみた。
"No"というので、なら送っていこうかなと思ったら"I wanna just follow you"(あなたについていきたいだけ)とのお答え。

「・・・・・・。」

正直に言うと、過去に何度も観光地での異性のお誘いには裏があると思え、ということを刷り込まれていた自分は警戒心バリバリであった。

「帰んなくていいの?バス停はどこ?」と聞いても、「まだ帰るには早い」というので、考えた挙句なるべく宿の近くにあるレストランを選んで入ることにした。
自分はビールを、彼女はモスリムでお酒は飲めないので紅茶を注文した。

レストランに入ると、ある意味都合よく一昔前に日本でも流行ったオゾンの「Dragostea Din Tei」(=いわゆる『恋のマイヤヒ』)が流れたので、日本語の空耳のまんま熱唱を繰り広げてみた。
・・・なんならドン引いてもなんらおかしくない状況で、むしろ大ウケしたようで彼女はケラケラと心地のよい笑い声を聞かせてくれた。

それからは一問一答で当たり障りのない会話をしていたが、次第に彼女が問わず語りで自分の身の上話をし始めた。

一度結婚したがうまくいかなかったこと、日本人はそんなに仲良くなったことはないけど親切だから好きなこと、休みが週1回しかなくしんどいこと、スウェーデン人の友達がいて兄妹のように仲良かったこと、毎日単調に働いて家に帰るだけなのはつまんないこと、などなど。

果たして彼女の真意はわからないので警戒心が解けたわけではないものの、どうやら夕映えの中さみしく雨宿りしているる自分の横顔が彼女のお気に召したご様子で、所詮はマジックアワー効果のなせる技にすぎないのだが、かような異国美人にそんなことを言われて悪い気がするはずもなかった。

結局3本のビールを干した後に、ちょっと遠回りして海沿いの道を歩いて彼女をバス停まで送っていくことにした。
彼女はモスリムなので極力体を触れぬように気をつけていたが、むしろ彼女の方から手を引いて歩き、色々な質問を投げかけてきた。

特に首都のクアラルンプール(KL)に行った時の話に興味深々だったので、「KLは行ったことないの?」と聞くと「ないよ。それどころかサバ州(KKのある地区)を出たこともないよ」と言う。

そうしている内に「ああ、この子は異国から来た旅行者という非日常を通じて日常にちょっとした刺激がほしかったんじゃなかろうか」と思えてきた。
そうわかると終始警戒していたことに罪悪感すら感じた。

バス停はそう遠くない場所にあり、人ごみから離れた店の軒先でバスを待ったが、彼女は目的のバスが来るまで手を握って放さなかった。

別れ際ハグをすると、いたく自然にキスをされた。
バスに乗り込んだ後も一番後ろのシートに座った彼女は視界から完全に消えるまでずっと手を振ってくれた。
連絡先は一切交換しなかったので、今後2度と会うことはないんだろうなあと思うと、なんだかきゅんとした。

余談だが、彼女が薦めてくれたチョコレートは本当においしく、友人たちにはすこぶる評判がよかったことを付記しておきたい。



帰りしな、マレー料理屋に入り、カレースープとエビの揚げ物を腹に収めた。

宿に戻ると例によって宿泊者が集まってプチ宴会状態だった。

昨日まで伏せていたドイツ人青年も調子を取り戻したようで、今日は外にも出てみたらしい。

少しすると買い出しに出ていたNormanが戻り、さらに少し経つと新たに日本人のカップルが先ほど空港に着いたということでやってきた。

またしてもVinceは散々クラブ行こうぜーを繰り返していたが、明日帰国する自分はもうこれ以上断じてフライトを逃すわけにはいかなかったので、今日も辞退させてもらった。

さらに中国人のLynnも帰ってきて、Tropicana Lodgeは総勢10名ほどの社交場と化した。
ボルネオ最後の日に相応しい実ににぎやかな夜であった。

2009年11月02日

マレーシア・ボルネオ紀行[午の巻]

第4日目(後編)
一路海へと向かうVincentの車の中で、じわじわと不安がこみ上げてきた。

― 遡ること30分前、Vincentに促されるまま、生意気にもスキューバダイビングをすることに決めた。

その際、Vincentに「ところでノブが最後に潜ったのはいつ?」と聞かれたので、思わず「・・・1年位前かな?」と答えた。


ええ。私、嘘をつきました。



正確に勘定してみると、最後に潜ったのはもう6年も前だ。
「ブランク長すぎ」って理由でキャンセルになることを懸念して、とっさに出た一言であった。

ところが、続くVincentの反応が自分を著しく不安にさせた。

彼はうーんと唸り、「1年もやっていないのか・・・」という顔を浮かべ、しばし沈思黙考した後に「まあ大丈夫だろう」と言って、立ち上がった。

え?俺大丈夫かな?
ほんとはその6倍のブランクがあるんだけど・・・。
考えてみたら用具の使い方も名称もハンドサインも遠い追憶の彼方である。


ふとライセンスを取得した時のインストラクターの一言が思い出された。

「スキューバダイビングというスポーツは、人間が10分と生存することができない、海の中という異世界に道具の力を借り、道具に守られて足を踏み入れる命懸けのスポーツなのです。」

なのです。なのです。。。(←リフレイン)

そう、つまり道具の使い方がわからない、ということは即、死を意味するのである。


車中Vincentはそんな自分の不安はもちろん知る由もなく鼻歌交じりで軽快に車を走らす。
そしてあっという間に海岸沿いにあるダイビングのオフィスに着き、一連の書類に記入し、促されるままウェットスーツを着込み、あれよあれよで準備は完了していた。

ダイブマスター1人、ベテランイギリス人ダイバー1人、Vincent、そして俺という構成でボートに乗り込み、今度は一路ダイブポイントに向けて、海を駆ける。

まだ時間はあるとばかりに記憶を総動員してダイビングの"いろは"を思い出していた。

(耳抜きは問題ないと思うが、マスククリア※1は大丈夫か?不安だ・・・。)
※1 マスクの中に入った水を鼻から空気を吐いて追い出すこと

今更聞きにくかったが、命には代えられないので、「あ、あのさ念のため聞いとくとマスククリアってどうやってやるんだっけ?」とVincentに尋ねる。

おい、こいつ大丈夫か?という表情を一瞬浮かべたが、一連のハウツウを教えてくれた。

「ああ、じゃあやっぱり俺の記憶の通りだ。ありがとう。」となんとも自分が惨めになるコメントを返す。不安は募る一方だ。

ボートは徐々に失速し、いよいよポイントに近づいてきたご様子。

BC※2を渡され着用すると、さすがに断片的だった記憶が統合されてきて、これがレギュレータ※3で、そうだこれが残圧計だ。
どれどれ、うん酸素は充分だ、などと自信を取り戻してきた。
※2 Buoyancy compensator: 浮力調整装置。こいつで浮いたり沈んだりを調節する
※3 口にくわえて空気をスーハーするあれ


おっと、そういえば万一のためにレギュはスペアがあるはずだ。
そいつは確かこうして左腕を背中から回すと拾えるはず・・・お!これに違いない、と口にくわえ、ボタンを押したがエアーが出ない。

・・・それもそのはず、自分はパワーインフレータ※4の排気口をくわえて一生懸命排気ボタンを押していたのだから。

(わかる人だけ笑えばいいです。)

※4 BCに吸気および排気するための装置。断じて口にくわえるものではない。

Vincentがまるでミルコ・クロコップにように「こいつは一体何をやっているんだ?」という目を向けていたが、意図がわかったのか、スペアのレギュならそっちだ、と指差しレクチャー。

このまま沈んでしまいたいほど恥ずかしかったが、とにかく最初のポイントに到着した。


ウエイトとフィンを着け、恐る恐るエントリーし、まずは顔を海面につけマスククリアと耳抜きの練習を行う。
よし、行けるだろうと踏んで「無理はするな」と念を押すVincentをボートに残し、3人で沈降。

最初のうちはBCの扱いを思い出すのに手一杯で、それはもう汗汗だったが、慣れてくると次第に不安など吹き飛び、気付けば海中の世界にすっかり惹き込まれていた。

よそ様の写真ですが、大体こんなイメージ↓

20091102_2.jpg

20091102_3.jpg

熱帯魚の魚群がうねりとなって巨大な1匹の魚のように見えるさま、抜けるような青さに映える色とりどりのサンゴ、など陸ではお目にかかれない異世界の光景に次第に圧倒され始めた。

思えばほんの90分前は空港ですったもんだしていたわけで、本来ならブルネイにいたはずの自分がなんでまた海中を漂っているのだろう、と人生の妙を感じた。

さらに言えば、2日前は東南アジア最高峰のキナバル山を制覇し、今度は南シナ海の海床を徘徊すると言う山・海のセット体験ができたのだから自分は誠にラッキーだと思う。
(気圧の高低の激しさを考えると体にはよくなさそうだが。)

ちなみに、北東部に位置するシパダン島をはじめ、ボルネオ島はダイビングスポットとしてもかなり世界的に有名らしい。
自分はそれとは知らずアクシデントで潜ったわけだから、なんとも贅沢な話だ。


さて、そういうわけで最初の心配は杞憂となり、満足のうちに無事2本のダイブを終え、ボートは舳先を南へと向け、陸へと引き揚げていった。


ビーチにある事務所でシャワーを浴びて、着替えを終え、Vincentの車に乗り込んだ。
不安からレギュを必要以上に強くくわえていたために、顎に激しい疲労感が残っていたが、他はなんら体調に異変はなかった。

彼は帰りも行きと変わらず鼻歌ムードで、しばらく進むと「腹減んない?メシ食おうぜ」と近くのショッピングセンターへと車をつけた。

そういえば朝からろくに食事をしていなかったが、あれよあれよですっかり空腹を忘れていた。

まずは、Vincentが「宿のシャワーが壊れたから」というので、上の階で後で自分も使うことになる湯沸かし機付きシャワーマシーンを買った。
その後、一緒に地下に移動して牛肉粉麺と点心を喰らう。(←バカうま)

こうして飯食いつつVincentと雑多な会話をしているうちに、なんだか彼が昔からの友達のように思えてきて、旅感覚というよりすごいローカルライフだなこれ、と思えてきた。


日暮れ前には宿に戻り、Vincentは別件があると言うので、そのまま車で出かけていった。

戻るとロビーに自分より前から滞在している初老のイギリス人女性がいて少し会話を交わしたが、相変わらず顎はしんどいし、何しろくたびれたので、さっさと部屋に戻ってベッドに横になった。



― ちょっとした夕寝のつもりがざっと4時間も爆睡してしまった。

爆睡と言っても、ずっとレム睡眠が続いており、空腹と喉の渇きを感じ、何度も起きようと思うが、体が思うように動かず、起きるに起きれない不思議な感じだった。

ようやく覚醒し、ぼーっとしたまま夢ともうつつともつかない状態で街に出た。
今考えると危ないが、とにかく空腹感がすごかった。

繁華街まで出て、目に付いたバーガーキングに入り、バーガーを貪り食った。
夕方にVincentと食事したばかりだったが、よほど通常とは異なるカロリー消費が多い1日だったとみえる。

それでも足りず、コンビニに寄ってカップ麺を買い、宿に戻った。

ロビーではVincent、Norman、昨夜のドイツ人夫婦、さっきのイギリス人女性に加え、若いアメリカ人のカップル、そして昨日の夕方にチェックインしてからずっと寝っ放しだったドイツ人青年がいた。

青年は本当に1日中泥のように眠っていたので気になっていたが、彼は自分と1日違いで昨日の朝にキナバル山に登り、なんでもエラい雨に降られ、散々な思いをしてKKまで帰ってきたらしい。

つまり、自分も1日ずれていたら散々な思いをしていたと言うことだ。

ん?そういえばキナバル山のガイドOさんが、我々が登る前日もエラい雨模様だったと話していた。

・・・ということはだ。
予定が1日前にずれても1日後ろに倒れても雨に降られる運命にあったと言うことだ。

傘イラーズ力、ネパールに続き今回も国境を越える。

(余談だが、今年の夏に北岳に登った際も自分が行く前日までざんざ降りだったそうだ。我ながら雨に嫌われてるっぷりがすごい。)

なんともはや、自分と一緒の日に登った人たちは実にラッキーだ、いやそれどころかいっそ俺に全面的に感謝してほしいくらいだ、
などと誇大妄想が頭をもたげる。


さて、前日と同じように彼らとミニパーティを繰り広げ、ビールを数本空けたところで程なくまた眠くなってきたので、素直に欲求に従い、再度床に就くことにした。

なんだかんだ今回の旅の中で、最も喜怒哀楽の激しい1日であった。

ちにみに写真がいきなり少なくなったのは、今まで一杯撮ってくれていたマーが帰国したことと、写真なんか撮ってる余裕はねえってそういうことです。

2009年06月14日

マレーシア・ボルネオ紀行[巳の巻]

第4日目(前編)
9:30に起床。
今日で相棒のマーは日本に帰国し、自分は昼過ぎの飛行機でブルネイへの1泊旅行に出かけ、明日の夜KKにとんぼ返りする予定である。

共有スペースでトーストと紅茶の簡単な朝食を済ませた後に、身支度を始めた。

ブルネイは厳格なイスラム教国なので、お酒は一切手に入らない。
しかし、特例で外国人の場合は、ウィスキーやワインなら2本、ビールなら12缶まで自分で持ち込むことができる。

なので、晩酌用にとNormanからビールを2本買った。

すると、そのやりとりを見ていたドイツ人のおじさんが一言。

「なんだ?お前はブルネイに10分しかいないつもりか?」

いかにもドイツ人なボケである。

チェックアウトし、一泊分の宿代RM20とビール代を支払う。

幸いマーとは飛行機の時間がそう変わらなかったので、タクシーを呼んでもらって一緒に空港に向かうことにした。

KKの朝

お見事な青空の下、空港までの15分間、快適なドライブであった。

KK市内のモスク
KK市内にあるモスク

空港に着き、先に自分より1時間ほど早い便で日本に発つマーがチェックインする。

早すぎたのだろうか。自分の搭乗するロイヤルブルネイ航空のカウンターは開いていないようなので、ぼーっとマーが手続きを終えるのを待った。

マーが戻ってきたので、そろそろ自分もチェックインしようと思い、インフォメーションでロイヤルブルネイ航空のカウンターはどこか聞いてみた。

ロイヤルブルネイなら1階下だと言うので、マーにつきあってもらい、言われるままエレベーターで下りてみた。

するとそこは妙に閑散としたフロアで、寒々とした廊下が奥まで続き、ほんとにこんなところに出発カウンターがあるの??と言った感じだった。

果たして"ROYAL BRUNEI AIRLINES"の看板を掲げた一室を見つけ、ほっとして中に入る。

中にはぽつんと女性が1人カウンターデスクに向かっていて、パスポートとEチケットを出し、チェックインしたい旨を告げると、どういうわけかきょとんとした顔をされた。
そして出てきた一言がこれだ。

「お客様。本日はブルネイ行きの便はございません。」

「へ?」


いやいや何言ってるの、ほらちゃんとチケットだってあるんですから、とEチケットを見せる。
間違いなくそこには今日の日付が記されいてる。

しかし、それを見た彼女の口から衝撃の一言がこぼれだす。

「・・・お客様。このチケットは今日の夜0時のものです。
つまり、お客様が乗られるはずだった便はすでに出航しました。」





え?

え?

え?



一瞬咀嚼するのに時間がかかった。

そ、そんな馬鹿な、と奪うようにチケットを見直すと
Depart 12:55AM
と書いてある。

えーと、ちょっと待てよ、12:55AMってことは午前12時ってことだろ、午前ってことはお昼の前だから、その前に時計が12:55を指すのは・・・






ア"ーーーーーーーーッ!!!


ア


一瞬思考が止まり、山海塾の決めポーズ(↑上記)で虚空を見つめていると、心配したマーが安否を問うように「大丈夫?」と話しかけてきた。

はっきり言って大丈夫ではなかったが、我に返りお姉ちゃんに、じゃあ次の便はいつ?払い戻しはできないのか?他の航空会社で今日ブルネイに飛ぶ便はないのか?などを矢継ぎ早に質問した。

無情にも彼女はほとんどの質問にふるふると首を振るだけだった。

ダメだとわかると今度はなんだか腹が立ってきて、
12:55AMって、この書き方じゃ大概昼の便だと思うわ!
それなら0:55AMって書くのが筋だろ!

などの正論から
ってことは、そんな深夜に俺を未知の国に落とすおつもりだったのか!
などの屁理屈まで、都合よく自らの過失を消化するかのように、理不尽な怒りが沸き上がってきた。

とりあえず、ここにいても埒が明かないことはわかったので、忸怩たる思いは飲み込んで礼の言葉を告げ、オフィスを後にした。


どうしたものか・・・。
計画は完全に狂ってしまった。


マーは言葉をかけづらそうにしつつも、励ますように声を掛けてくれる。
とはいえ、マーの出発の時間は刻一刻と迫っており、自分ごとのように困り顔を浮かべるマーの背を押して、彼を見送った。








こうして1人になった。









本当にどうしたものか。
ブルネイ行きはまだ諦めたくない。
でも現実問題飛行機はない。
そうだ、なんとか陸路で行けないだろうか?
距離的には不可能ではないはずだ。

そういえば、日本でブルネイについて調べた時にバスとボートを使ってKKからブルネイに行った人のブログを読んだ。

などと考えを巡らせているうちに、とにかくこう情報がなくてはどうにもならない、と
到着初日に行ったツアーデスクに行ってみる。
→見事に開いてねえ。


そうだインターネットカフェを探そう。
→そんなオシャレなものはねえ。


せめて本屋で情報収集を。
→はっ、影も形も見当たらねえや。



ついてない時とはこういうものだ。
思わず小声でヘルプミーと呟いてしまう虚無感であった。

こうなったら仕方がない。昨夜の宿Tropicanaに戻ってNormanに方法がないか聞いてみよう。

タクシーに乗り込み、さっきアゲアゲのテンションで通った同じ道を、「ダンサー・イン・ザ・ダーク」を観終わった貞子のようなサゲ気分で引き返す。


Tropicanaに着き、中に入るとNormanがゾンビでも見るような目で自分を見る。
事情を話すと野郎、腹を抱えて笑い転げた。

思えば昨夜、君らと宴をしていた丁度その時に、乗るはずだったブルネイ行きの便は行ってしまったのだから、ちょっとは同情してくれてもよさそうなものを。


まずはインターネットでロイヤルブルネイ航空とマレーシア航空の便を調べたが、確かに今日の便はない。

陸路で行く方法はないか?とNormanに尋ねたが、ないことはないが今から出発したら今日中には着けない、とのこと。


・・・いよいよ八方ふさがりだ。


最後の手段として今日の深夜に飛ぶブルネイ行きのチケットを買い直す、というのがあったが、なんだかそこまでしてブルネイにこだわるのもばかばかしく思えてきた。


オーナーのVincentがやってきて、やはり同じようになんでいるの?という顔をする。
説明すると、やはり大爆笑された後に、それは今回はブルネイ行くのは止めとけってことだよ、とずばり言われた。

言われてみればそうかもしれない。
そこで、冷静に考えを転換してみることにした。


【脳内会議議題】
「そもそも自分はブルネイに行って何をしたかったのか?」


ブルネイ国王が国民のために作った巨大遊園地ジュルドンパークで遊ぶ!

30男が1人で遊園地に行ってどうする。

モスクを見物し、荘厳な気持ちになる!

イスラム教徒でもないのに?この罰当たりが。


結局のところ、俺がしたかったのは、未踏の国を訪れ、パスポートに押されるハンコの数を増やしてほくそ笑みたい、そういうことではないのか?

ということはあれだ、結局のところ痛いのは、1ヵ月後にカードの請求が来た時に「あ?この$200ってなんだ?ああ、どぶに捨てたブルネイ行きのエアー代か」・・・と思い出してちょっと悔しい、

それだけのことだ。




こうして脳内会議を終えると、さっきまでの鬱な気分がなんてことなくなり、あと2晩KKで過ごすことにあっさり切り替えた。


そうVincentに告げると、なら折角ボルネオに来たんだから、ダイビングでもやってけよと提案された。

唐突の提案だったが、どのみち予定などあるわけがない。
そんなつもりは毛頭なかったのでCライセンスを携行しているはずもなかったが、Vincent曰く別になくてもなんとかなる、とのことなので、40秒で潜ることを決断。

Vincentはさくさくと手配をしてくれて、13:30には海に向けて車で出発した。


目を細めたくなるような晴天の中、海へと続く道を車に揺られ、なんだか妙なことになってきた、と一度底まで落ちたテンションが沸々と再燃してくるのが実感できた。


後編につづく

2009年03月07日

マレーシア・ボルネオ紀行[辰の巻]

第4日目
9時起床。目覚めると部屋には誰もいなかった。
顔を洗って荷をまとめていると、散歩にでも行っていたのかぞろぞろとRyan他、同室の面々が帰ってきた。

彼らも今日ここを発ち、てんでばらばらに西へ東へ向かうと言う。
Ryanとじっくり話す時間があったので、今更ながら色々聞いてみたところ、彼はN.Y.のロースクールを卒業してこれから弁護士になるのだそうだ。

その前のモラトリアムとして3ヶ月世界を旅していて、来月アメリカに帰るらしい。

「来月帰るのには理由があるんだ」という。
「なんで?」と聞くと「投票だよ」と答える。

なるほど、その当時は丁度アメリカ大統領選の直前でオバマか?マケインか?というのが世間の共通の話題だった。

「差し支えなければどっちに投票するつもり?」と聞いたところ、全く躊躇なく「バラク・オバマ」という回答が帰ってきた。

Ryan「旅で知り合った人々は大体俺の意見に賛成してくれたよ」
「そりゃそうだ、俺もその意見に一票だよ」
と話し、メリケン風にハイタッチなどしてみた。

選挙結果については今更言うまでもないだろう。


荷物を背負い、最後に"God bless your country and Barack Obama!!"という言葉を残して、マーと部屋を後にした。


チェックアウトを済ませた後、大きな荷物を預けて、ポーリン温泉の奥にあるジャングルにトレッキングに出かけた。そこには木製の吊り橋を渡したキャノピーウォークと呼ばれる場所があり、揺れる吊り橋の上から鬱蒼としたジャングルを探索できると言うナイススポットだ。
(入場料: バタフライファームと込みでRM7+カメラ持込RM4)

途中露店でフルーツの王様ドリアンが売っていて、マーに誘われるまま恐る恐る食してみたが、思っていたほど臭いはきつくなく、まさに「果肉」という歯応えのある実はかなりの美味だった。

ドリアン

キャノピーウォークにたどり着くまで木漏れ日の中を上ったり下りたり曲がったりを繰り返すことになり、ここで昨日の筋肉痛を認識することになる。

山道

たどりついたキャノピーウォークを見ると某有名映画のワンシーンと酷似していることに気付く。
「スター・ウォーズ/ジェダイの復讐」に出てくるイウォーク族の村がそれだ。

キャノピーウォーク

木の上に建てられた小屋や吊り橋、何よりそこから望める豊かなジャングルが緑の惑星エンドアを連想させた。
(実際のロケ地はカリフォルニアなので全く関係ない)

↓吊り橋の上からの風景
吊り橋上

1周した後、看板にBat Cave(コウモリの洞窟)のサインを発見し、これは行くべきでしょうともう一足伸ばす。

ウォーターフォール

途中のウォーターフォールまでたどり着いたところで、マーは膝に自信がないからと後で落ち合うことにして、1人でBat Caveまで行ってみた。

道なき道を1人で登り、しばらく行くとそれらしき場所に出たが、そこは洞窟というよりはただの岩穴だった。

↓ほんとにここ?って感じ
Bat Cave

見当違いの場所に進んだのかもしれなかったが、面倒になって引き返す。

戻ってマーが先に行っているはずのラフレシア・ガーデンに行ってみたが、今はシーズンではないらしく門は閉じていた。
さらに戻って、バタフライ・ファームと言う場所でマーと落ち合うことができた。

※いわゆる「世界最大の花」

そこはその名の通り、蝶の楽園だった。

↓マー撮影による技ありの1枚。まるで図鑑から切り取ったようだ
バタフライ・ファーム


以上の行程を経た頃には、時計は13時を指しており、そろそろコタ・キナバル(以下KK)へと出発するべき時刻が近づいていた。


安食堂で昼食を済ませた後、預けていた荷物を受け取り、タクシーを呼んでもらった。料金はRM200で交渉。

KKまでは来た時と同じで約2時間、からっと晴れている時もあれば、滝のような雨で視界がほぼゼロの時もあり、熱帯の大胆な天気の変化を垣間見えた。


ところで、明日以降についてだが、実は休みの関係でマーはもう日本に帰国してしまう。なので、今後は1人で行動することになる。

で、自分はどうするのか?
実はこれは事前に決めていた。

ボルネオ島は大きく北側のマレーシア、南側のインドネシア、そして北部にぽつんとマレーシアに囲まれたブルネイ(正式名称ブルネイ・ダルサラーム国)の3つの国によって領有されている。

ブルネイの存在に気付いたのは、キナバル山に登ることを決め、ボルネオ島の地図を広げた時で、小さいながらも経済的に裕福で敬虔なイスラム教徒の住むこの国に激しく興味を持った。

調べるとKKから飛行機で30分で行けることがわかり、事前に$200でチケットも買っておいた。

つまり、明日から旅は第2章ブルネイ編に突入するわけだ。



KKには17時ごろ到着した。

すでに最初に空港で両替したリンギットは底をついてしまったので、タクシー代はマーに借りた。

両替しないと今夜のメシも食えねえ、宿も泊まれねえ、ということで真っ先に目に付いた銀行に行ってみたが、丁度17時になりクローズになってしまった。

どうしたもんかと思っていると、親切な行員の人が海岸沿いのショッピング・モールに行けば両替所があるよ、と教えてくれた。
じゃなんとかなりそうだと、ほっとして宿探しを始めた。

事前に空港でもらった地図でどの辺にしようかもあたりをつけていたので、難なくよさそうな1軒を見つけた。

Tropicana Lodgeというのがそれである。

ブザーを押して2階に上がると、こじんまりとした受付兼ロビー兼ダイニングでチェックイン。
ここでスタッフの若者Normanと出会う。


荷物を置くとマーと分かれてすぐに銀行で教えてもらったショッピング・モールに向かった。

KKは実にシンプルな街で方向感覚に自信のない自分でも迷わずに目的の場所に着くことができた。

中に入ると難なく両替所が見つかり、$150をRM4,500に両替。空港よりもレートがよかった。
さて、ついでに何か買う物はなかったかなと思いを巡らせたところ、そうだ下着買っとこうかなと思い立った。

登山中の負担を考えて、下着は最小限しか持ってきていなかったので、そろそろ洗濯が必要だったが、よく考えたら後はブルネイに行って遊んで帰るだけなので、多少荷物が増えたところでどうってことはない。

ということで、まずTシャツを買い、次に下着コーナーに向かった。
ちなみに極めてどうでもいいこととして自分はボクサートランクス派なのだが、ざっと売り場を眺めて探したが・・・ない。
そもそもトランクスがほとんどない。

仕方なく適当に地味な綿のトランクスを選び、購入した。

ここで偏見とは知りつつも、気付いた1つの仮説。


「コタ・キナバルの男子はブリーフ派である」




こうして買い物を済ませ、ショッピング・モールを出た時に息を呑む光景に出くわす。

最初は出口付近の照明が余りにまぶしいなあくらいにに思ったが、一歩外に出ると驚くほどの夕焼けが待ち構えていた。

以下、夢中で撮った写真の一部である。
誓って言うが、画像には一切手を加えていない。
※全てクリックで拡大

KKの夕焼け1

KKの夕焼け2

KKの夕焼け3

一昨日は山の上から、そして今日は海の上から神々しさすら感じる感動的なサンセットを目にすることができたわけだ。ブラボーである。


19時に宿に戻り、マーと街を散策してみた。
空港のある南方面へとひたすらに南下し、その間にあるマーケット・プレイスやカテドラルを冷やかし、十分に街を楽しんだ。

マーケット・プレイス

1時間以上は歩き、さすがにくたびれたので、帰りはローカルの人に混じって、ミニバスを拾った。(RM0.5)

先刻目をつけていたBBQレストランに入り、シーフードやチキンの炙り焼きを存分に愉しんだ。

↓これがまずいわけがないっつう話です
BBQ

食事中、黒猫がニャアニャアと足元にまとわりつき、「おすそ分け」をおねだりされた。かわいさの余り、少しつまんでは分け与えていたら、すっかりなついてしまい、果てしなく「おかわり」を要求された。

↓「エサまだー?」の図
エサまだー?


帰りに宿の1階にあるバーに1人で寄ってもう1杯飲んでから帰ると、マーとNormanが親しげに話していたので自分もお呼ばれする。

さらに、同宿のドイツ人夫妻と宿のオーナーのVincentも加わり、ちょっとしたパーティになった。

Vincentがさかんに「クラブに行こう」と誘ってきたが、さすがにくたびれていたので、休ませてもらうことにした。


シャワーを浴びてベッドに潜り込み、明日のブルネイ行きへの期待を胸に充実した1日を終えた。



・・・とこの時点で、自分はとんでもないミステイクを犯していたのだが、それがわかるのはもう少し先の話である。

2009年03月04日

マレーシア・ボルネオ紀行[卯の巻]

第3日目(後編)
途中、1kmごとに休憩を取りながら、焦らずゆっくりと下山した。
下山中はペースは上がるが、足にかかる負担は大きくなるので、慎重に下りるに限る。
現にマーが若干膝に心配が出てきたらしく、Oさんに一部荷物を持ってもらっていた。

下山始め

休憩中、Oさんが「2人はとってもついているね」という話を始めた。
なんでも我々が登った前日も前々日も雨が降り、最悪のコンディションだったらしい。

前年、雨季終盤のネパールに行った時もほとんど雨に降られず自らのMr.カサイラーズっぷりを誇らしげに語ったものだが、まだそのパワーは顕在らしい。

下山道1

マーに先に行ってほしいと言われたので、マイペースで1人がつがつ山を下っているうちに、はたと気付いたことがある。

それは、
なぜわざわざつらい思いをして自分は山に登るんだろう?
という命題についてである。

山登りという行為はしんどい。
高ければ高いほど険しければ険しいほど、しんどい。

ふと見上げると遥か彼方に霞む頂を前に、これから消費するだろう茫漠とした体力と時間を思い、しばし気が遠くなることなど珍しくない。

しかし大抵の場合、山を「登る」という行為は後に「下る」という行為をともなう。そして下っている時にまたふと山頂をふりさけ見た時に、こう思うのだ。

「よく俺はこんな山登ったな。」

と、自らの成功体験をなぞるその時、またやっちゃおうかな、とムラムラ思うのである。

実際、今回もさっきまで眠気と疲労であんなにしんどかったのに、次はカナダか?中国か?そしていつかはキリマンジャロ、なんてことをもう考えていた。

下山道2

かように山路を下りながら、とかくに住みにくい人の世のことなど考えているうちに無事昨日出発したゲートまでたどりついた。

迎えの4WDに乗り、再び管理事務所の前に降り立つ。
ガイドのOさんにチップを渡し、感謝と別れの言葉を告げる。

この時点で、時刻は13時を回り、少し遅いランチを取った。



さて、ここからの旅程だが、特にプランがあったわけではないが、折角なんでコタ・キナバルにとんぼ返りはせずに、もう少しジャングルツアーを愉しみたい、というのが人情だ。

おあつらえ向きにここから車で30分〜40分行ったところにポーリン温泉という温泉があり、宿泊施設もあると言う。

早速タクシーの運転手と交渉し、RM70で行ってもらうことにした。


ポーリン温泉には言われた通り40分で到着した。
なんでもここはその昔、太平洋戦争中に日本軍の手によって掘削されたそうだ。

旅の疲れを癒すにも、歴史好きのハートを満たすにもなんとも格好のスポットである。

ポーリン温泉入り口

受付でドミトリーの部屋を借りることにし、内見したところ部屋も小ぎれいだったので、朝食なし1人RM50で手を打った。

ロッジ
宿泊したロッジ

部屋に荷物を降ろし、着替えるとその足で温泉に向かった。

吊り橋
温泉は吊り橋を渡った先にある

今朝は零度の寒さに震えてご来光を待ったが、ここは熱帯のむあっとした熱気でもはやTシャツすらない方が丁度よかった。

温泉は鬱蒼としたジャングルの中をイメージしていたが、きっちり整備されていて遊園地のプールのようであった。

ポーリン温泉

・・・とここでまた見覚えのある顔に出くわす。
Ryanとそのご一行様だ。

「また会ったなあ」と高笑いをする彼と挨拶を交わす。

彼らがビールを飲んでいるのを見て、自分も無性にほしくなってきた。
そういえば、ボルネオに着いてから1滴たりともアルコールを飲んでいない。

どこに売っているのかを聞いて、下戸のマーを残し、1人買いに走った。


大自然―温泉―片手にビール、



この最高の環境に震えたが・・・栓抜きがない。
なんということだ。

そうだRyanに借りればいいんだ、と取って返すと、彼らも持っていなかったので、タイルの端に当てて開けようと試したが、5本中3本を破壊したと言う。

部屋に帰ればご自慢のアーミーナイフがあったが、さすがに面倒臭くなり、あきらめた。


大自然―温泉―片手にビール(気分だけ)、



これが今日の登頂のご褒美の図となった。


結局17時過ぎまでそこでゆっくりと過ごし、帰りがけにはこんな↓光景にも出くわした。

虹
※クリックで拡大


部屋に帰ると・・・またRyanたちと鉢合わせた。
なんと部屋まで一緒だったわけだ。

同じ日程で同じ旅程を踏めば、大体行動は同じようになる、そういうことだ。


ベッドに腰掛け、念願の(ぬくもった)ビールを1人で干した後、腹が減ってきたのでマーと2人で食事に出かけた。

入ったレストランは温泉の傍らにあり、ロケーションこそ最高だったが、サービスも価格もいまいちであった。

それでもかれこれ20年の付き合いになるマーと、古今東西悲喜こもごもな話を延々と語った。


その間、激しいスコールが降りすさんだが、帰る頃にはけろっと止み、いい具合に涼しくなった夜道を宿へと引き返し、長い長い1日を締めくくった。

2009年01月31日

マレーシア・ボルネオ紀行[寅の巻]

第3日目(前編)
結局一睡もすることができぬまま起床時間の2時を迎え、長い長い1日が始まった。

ラバン・ラタ、レストハウス

出発の準備を整え、ロビーに下り、腹は減っていなかったが用意されていた食事を詰め込んだ。(RM15)
マーは熟睡とまではいかなかったようだが、それなりに休養を取れた模様だった。

約束の2:30を少し回った頃、ガイドのOさんがやってきた。

外に出ると、思わず声が漏れるほど美しい星空と、キンと体に響く冷気で一気に目が冴えた。
温度計を見ると気温は摂氏7度だった。

真っ暗な中、足元を照らすヘッドライトの灯りを頼りに一歩ずつ確かめて進んでいった。

山頂アタック開始

少し行くと板で不規則ながら階段が組まれている場所になり、手すりを伝い、前の人の背を見ながらがつがつと登った。

また行くと今度は板の足場もなくなり、ごつごつとした岩場だけになった。
特に高度な登攀技術が必要な場所はなかったが、急すぎてとてもロープなしでは登れない箇所はいくつかあった。

岩場

途中、5分の休憩を除けば、ほとんど休みなしで約4時間登り通しだったが、暗闇の中を足元だけ見て進むと意外に疲れを感じなかった。
辛かったのはむしろ寒さで激しい風を防ぐためにフードまですっぽり被って登った。

急勾配

山頂が近づくと森林限界を越えたと見え、辺りは草木がほとんどない枯れ山のようだった。

4,000m地点
ついに未知の領域、4,000m越え

休まず進んだ甲斐もあり、無事日の出前の6時10分、東南アジア最高峰4,095mキナバル山の頂に立つことができた。

登頂に成功した時の写真↓
登頂!

唯一まともに2人で映っている写真である。

キナバル山は山頂がお盆上に平らになっているのだが、最高峰4,095m地点は突き出したピークの先にあり、まさに"山頂"というところは狭くやっと2人が立てる場所だった。


登頂者が続々とやってきたので、山頂から2、3m下りたところでご来光を待つことにしたのだが、これがまあとにかく寒い。

赤道の横切るボルネオ島は熱帯性気候に属するが、さすがにここまで登ると気温は0度まで下がる。

びゅんびゅん吹く風の中、シャッターチャンスを待とうと手袋からかじかんだ手を出し、カメラ片手に待機していたわけだが、寒さと眠気で今にもあっちの世界からお呼びがかかりそうだった。

さらに足場としていたところは不安定な場所で、振り返ると一歩後ろはまっさかさまの断崖絶壁。加えてこの風。
震える体を少し傾ける、カメラを持ち換える、これだけの動作でいちいちズビズビと緊張感が走った。

一歩後ろは谷底の図
反対斜面

一瞬、なんでこんな金と時間と労力かけて俺こんな辛い思いしてんだろう?とありがちな愚問が頭をかすめる。


こうして永遠とも感じられる20分を過ごした後、待ちかねたサンライズの時間となった。

雲の位置が地平線より若干高い位置にあり、太陽はいびつに現れたが、夜が明けるとともに、少しずつ山や眼下の雲が輪郭を見せ始めたさまは感慨深く、登頂に成功した実感がじわじわと沸いてきた。

ここでしばしご来光までの経過を写真でお届けしたい。
撮影は全てマーの手による。(自分のはなんか全部いまいちだった)

山頂にて1

山頂にて2
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山頂にて3

山頂にて4
※クリックで拡大

山頂にて5
※クリックで拡大

山頂にて6
※クリックで拡大

最後の1枚はキナバル山自身が大地に影を落とす様子。やはりこうして見るといかに大きな山かがわかる。


山頂にはもう10分ほど滞在した後に、Oさんに先導されながら下り始めた。

下山開始

登った時には暗闇に包まれて殺伐とした場所にすぎなかった風景が、下る時には陽光に包まれてすっかり豊かで美しい表情に変わっていた。

夜明け後
※クリックで拡大

4時間かけて登った道を帰りは1.5時間で下って、ラバン・ラタに戻ってきた。
途中余りにも眠くて、まずいこのままでは歩きながら落ちると思ったので、マーに断ってハイペースで進み、先に部屋に帰って20分だけ仮眠を取った。

マーが帰ってきたので、一緒に朝食を取る。
朝食メニューもやはり豪勢だったが、あまり食が進まず1皿完食して合掌した。

9時に出発とOさんに言われたので、マーが荷造りをしている間また横にならせてもらった。

休んだ気がしないうちに時刻は9時になり、重い体を起こしてラバン・ラタを後にした。

続く

2009年01月17日

さよならマイPC

番組(ボルネオ紀行)の途中ですが、臨時ニュースです。

私の愛PCが他界しました。完膚なきまでに。


今までありがとう。
君とつきあった9年間、決して忘れません。

誰よりも俺の個人情報を知っている君、
誰よりも俺の恥ずかしい思い出を知っている君、
本当にありがとう。

とはいえ、自分は切り替えが早いたちなので、さっさと次のPCに乗り換えたいと思います。
それまでボルネオ紀行は頓挫します。

数少ないdekirumon読者の皆さん、申し訳ございません。
しばし喪に服す自分をお許しください。
posted by n-o-b.net at 01:17| Comment(6) | TrackBack(0) | ■ 一人でできるもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月14日

マレーシア・ボルネオ紀行[丑の巻]

第2日目
6:10起床。

まだ眠いが、体を起こし、準備を始める。

外に出ると見事なピーカンの空をキナバル山が悠々と占領していた。

キナバル山
※クリックで拡大

昨日は暗闇の中に大きな難破船のように朧気にしか確認できなかった稜線が今ははっきりと見える。
なんとなくセザンヌが描いたサント・ヴィクトワール山を思わせる無骨な風貌であった。

あれに登るのか、と思うと武者震いがした。

部屋に戻ると、同宿のRyanがもし可能だったらグループになって一緒に登らないか?と提案してきて、それは願ってもないことだったので受けることにした。

というのもキナバル山に登るには2つの条件があり、1つはあらかじめ山腹にあるロッジを予約しておくこと(これが事実上の入山申請)、もう1つはガイドを雇うこと、であった。

ガイドは1人でも雇うことができるが、複数で雇った方がそれだけ割安になる。


まずは管理事務所近くにあるBalsam Cafeに赴き、朝食を摂る。費用はRM35と書かれていただが、どうやら昨日の宿代に含まれていたようだ。

なるほどそれなら昨日払った宿代も少しはうなずける。
ビュッフェ形式になっていて、炒飯やチョーメンなどの中華からフライドエッグ、ソーセージなどの洋食まで実に豪華なものだった。

昨日の空腹を解消しようと意気込んだが、いざとなると余り入らないものだ。

Ryanが7:30に管理事務所前で待ち合わせようというので、マーと荷物を取りにドミの部屋へと戻った。

パッキングをして、登山準備を始めているとRyanがばつが悪そうな顔で戻ってきた。

実は彼は他の西洋人のトレッカーとも一緒に登る約束をしていたらしいのだが、どうやら1人のガイドを雇えるのは6人までらしい、とのこと。
すでに4人のグループができていて、そこにRyan、我々を加えると7人になって、1人余ってしまう。なんなら自分が抜けようと思うが・・・というが、それはありえないので、事情はわかったから気にしないでくれ、俺らは最初から2人で登るつもりだったんだから、と告げた。

管理事務所で最終的な入山申請を行う。

・Permission Fee(申請料) RM100
・Insurance Fee(保険) RM7
・Conservation Fee(自然保護料) RM15
・Guide(ガイド料) RM85/2人

をレセプションで支払い、ガイドを待つ。

その間にBalsam Cafeに行き、ランチ・ボックスを受け取った。
これは上記以外にかかる今日停まるラバン・ラタ・レストハウス(Laban Rata Resthouse)の宿泊料(RM228/1人)に含まれている。
※宿泊料は日本からカードで支払った。

ちなみにラバン・ラタの予約は以下のWEBサイトから行うことができる。(英文)
http://www.suterasanctuarylodges.com.my/laban_rata.php
キナバル山に登るには、自分たちのように行き当たりばったりでなんとかなるが、これだけは日本で済ませておかないと、一杯で入山できませんということになる可能性がある。


ランチをもらい受けて事務所前に行くと、マーがすでにガイドの人と一緒に待っていた。

ガイドの方はオレニアス(スペルわからず)と言う名前で、自分といくらも変わらない年ではないかと思われる小柄な男性だった。(以下Oさん)

登山道まで向かうために4WDに乗って10分ほど揺られる。
道路はきれいに舗装されていたが、周りの植物は序々にジャングルテイストが濃くなってきた。

登山道へ

車を降り、軽く準備運動を終えた後、いよいよ登山開始となった。

登山道

登り始めるとすぐにこんな感じ。
登攀開始

約500m登るごとに休憩所があり、無理をせずにゆっくりと歩を進めた。

途中、食虫植物のウツボカズラなどの植物が野生していたり、
ウツボカズラ

リスが群生している場所を通ったり、
リス
※エサをあげているのはガイドのOさん

ガスってきたな、と思ったら雲の中にいたり、
雲散歩

しんどいが、一向に退屈することはない。


約4時間の行程を経て、12:30頃、登り始めて5km地点標高2,300m近辺で昼食を摂ることにした。

休憩所

さすがに4時間登り通しだったので、次第に言葉少なになり、ここにたどり着く頃にはしっかり息も上がり始めていた。

嬉しいことにランチ・ボックスは想像以上に立派で、サンドイッチにフライド・チキン、小さなリンゴまで付いていた。


なにげにここまで来てしまえば、実はその後は楽なもので予定より1時間早く14時ジャストに標高3,272mに位置するラバン・ラタ・レストハウスに到着した。

Laban Rata Resthouse

このラバン・ラタだが、かような環境にあるとは信じがたいほど立派で、温水シャワーもあれば、清潔な水洗トイレもあった。
昨夜はバタンキューでシャワーを使わなかった上、ここまで絞るほど汗をかいたので、まずシャワーを一浴びしてさっぱりすると、そのままかくんと眠りに落ちて1時間ほど寝てしまった。

昼寝中

なお、部屋には2段ベッドが3台あり、6人が宿泊できたが、自分たち以外にはオーストラリア人のカップルが1組いただけなので、自分とマーはそれぞれ1台のベッドを占有し、悠々自適であった。

目が覚めてベランダに出てみると、見事な夕暮れの風景が広がっていた。
ああ俺はすでに雲の上にいるんだとしみじみ感じられる大パノラマであった。

パノラマ1
※クリックで拡大

隣でブロンドの女子が「氷山みたーい」的な感想を漏らしていたが、あながちそう見えないこともない。

外に出るとRyanに会った。何時ごろ着いた?的な会話をした後、彼がここからが一番きれいに写真が撮れるというので一緒に近くの物置に登った。

パノラマ2
※クリックで拡大

「うーん、地球は丸いな」なんてしょうもないことを思った。

肌寒くなってきた頃、早い夕食時となり、朝と同じブッフェスタイルで食事を摂った。

展望レストラン

夕食がひと段落した頃、丁度サンセットのタイミングになり、まず平地ではお目にかかれないだろう眺望を観ようと人々がバルコニーに集まってきた。

サンセット1
※クリックで拡大

雲と雲の間を横一線に走る稲妻や地面に反射して光る夕映えもよく見えた。
仕舞いにはいわゆるマジックタイムに、見事な淡いハレーションを見た時には感激であった。

サンセット2
※クリックで拡大

感激と言えば、ラバン・ラタのディナーはまさにその一言だ。
サラダ、チキン、野菜炒めに温かいスープとどれも申し分のないおいしさだった。今まで宿泊した山小屋の中で、豪華さと言う面では間違いなく一番だろう。


夕食を終えると18:30。

明日は2時に起きて山頂に向けて出発するので、もう就寝時間である。
何枚かの絵葉書を書いてポストに投函してから、寝支度を始めた。

同室のオーストラリア人はアデレードから来たそうだ。
我々が準備を整え、床に就く頃には彼氏の方はすでに高いびきだった。

こうして明日の山頂でのご来光を胸に深い眠りについた





・・・となればよかったのだが、昼寝をしてしまったこと、お隣の寝息が半端じゃなかったこと、などが助け、一向に寝付けなかった。

万全の体調で明日を迎えるために睡眠不足は避けたかったが、寝なきゃ寝なきゃと思うとますます目が冴えた。

半ば諦めて時計を見た時が23時。

まだ3時間は眠れるか、ともう一度体を横たえたが、今度は隣の部屋の女子どもが「ねえ、まだ起きてる?」的に騒ぎ出した。(壁が板一枚なので丸聞こえ)
日本の修学旅行じゃよくあるシーンだが、ところ変わっても若人の生態は大差ないようだ。

しかし、こんな時のために自分は海外には必ず耳栓を忘れない。

よっしゃ耳栓してさあ安心、と再び毛布を被ったが、今度は隣の会話で起こされたオーストラリア人彼氏が頭に来たらしく、隣の壁を定期的にドンッと叩き始めた。
たんびビクッと目が覚める。

・・・果たして、4,000mという未知の高さに挑むのに明日俺は大丈夫だろうか?
不安は募るばかりであった。

2009年01月13日

マレーシア・ボルネオ紀行[子の巻]

昨年10月にボルネオ島に行ってきた。

目的は東南アジア最高峰4,095mのキナバル山の頂に立つことである。

海外に行った時の毎度の習慣として綴った日記の体裁を整え、旅行記としてここに転載したい。

ところで、今回最も苦労したことは何かと言えば何より情報不足であった。

キナバル山を擁するキナバル自然公園は世界遺産に登録されているので、決してマイナーなスポットではないが、
・山小屋の抑え方は?
・ガイドの手配の仕方は?
・そもそもどうやってそこまで行けるのか?

などなど一貫した情報に紡ぐまで結構な手間であった。

そこで、今後キナバル山登頂を目指す稀少な方の水先案内人となるべく、諸々の申請から交通手段、価格までなるべく細かい情報も記載していくおつもりである。

なお、バディは中学時代からのツレのマモルさま(以降マーと呼称)。
山に関する経験値は自分より高いので心強いパートナーであった。


第1日目

Kota Kinabalu

経由地の香港を出発して2時間、飛行機は定刻の18:55にコタ・キナバル空港に着陸する。

コタ・キナバル空港

成田を発って8時間、移動疲れもあったが、到着を喜んでいる暇はない。

というのも明日の朝からキナバル山にアタックするため、今日中にコタ・キナバル(以下KK)から80km北にあるキナバル自然公園まで移動しなくてはならない。

今夜はKKに泊まって明日のド朝に移動する、という選択肢もないではなかったが、移動日と登山日はできれば別にしたかった。

ところが、到着した時点ではどうやってそこまで行くのかも、果たして今日キナバル自然公園内の宿泊施設に泊まれるかも決まっていなかった。

後述するが、キナバル山は登山規制があり、中腹にある山小屋の予約を事前に取っておくことが登山条件になるため、それだけは日本から予約してあったが、それ以外は全くの無計画。

ただ知っていたのはキナバル自然公園の管理事務所は夜の22時で閉まるということと、そこまで約2時間はかかるということ。
また、公園前へ行く最終バスが20時にあるらしいということ。ただし、バス停がどこにあるのかは存じ上げない状態だった。

と、のっけから幾重にもハードルがあったわけだが、整理するとどうやら一番手前のタイムリミットは20時KK発の最終バス発車までの1時間。
以下、およその時間を追ってその道程を記したい。


18:55 コタ・キナバル空港に着陸。

19:00 機を降りボーディングブリッジをくぐる。

19:05 ちゃちゃっと入国審査を済ませる。

19:10 Baggage Claimで預けていたバックパックを受け取る。幸いにして自分もマーもかつてありえないくらい早く荷を受け取ることができた。

19:13 税関、検閲をほぼノーチェックでスルー。

19:15 予定より15分早く到着ロビーに着く。好タイム。

19:20 まずは先立つものの確保のためMoney Exchangeへ行き、$150を489リンギット(以下RMで表記)に両替。

※1円=約RM30なので約30倍するとわかりやすい。ちなみに米ドルでなく日本円でも普通に両替可。

19:25 ツアーデスクらしきものがあったのでそこに赴き、武蔵丸似のお姉ちゃんに、まずは今日キナバル自然公園まで行くことが可能なのかを尋ねる。
曰く、可能は可能だがうちで交通手段を手配するとRM500かかるよ、とのたまう。(←確実にぼったくり)
たった今両替した額とほぼ同額だ。冗談止めてよ。

じゃ足は自分で手配するとして、宿だけなんとか探してほしいと頼むと何度か携帯をかけて、キナバル自然公園の中にあるドミトリータイプの宿を予約してもらった。

値段は1人1泊RM115とドミにしては法外な価格だったが、まあいざ行って宿無しはしゃれにならんのでこればっかりは仕方がないので了承した。

次の問題は足だ。
一番楽なのは、やはりタクシーだろう。だが、値段がいまいち読めない。
なお、バスを使うと1人RM20で済むらしい。

時間は19:35、バス停までは20分かかると言う。
どの道バス停まではタクシーで行くので、最終バスを逃したらまたタクシーを拾って交渉すればよい。
ならばバスに間に合うか試してみようということになった。

19:35 タクシーカウンターで、長距離バスが発着するイナナンバスステーション(Inanan Bus Station)までのチケットをRM30で買い、空港のドアをくぐる。
↑面倒な交渉や怪しい客引きがないのでよいシステムだ。

外はすっかり夜で、どの道異国情緒を吸い込むというには暗すぎたが、到着するや訪れたタイムアタックの緊張感で別に景色などどうでもよかった。

19:55 間に合うか逃すかギリギリの時間でバスステーションらしき場所に滑り込んだ。
急いでくれたドライバーに礼を言って、2人でチケットカウンターへと向かった。

イナナン・バスステーション

どうやら間に合ったようで、幸い席も2人分なら空いていると言う。チケット(RM20)を購入し、バスに乗り込む。

席はほとんど埋まっており、自分たちの席が2つきれいに空いていた。座席が取れないということはちっとも想定していなかったが、そういう意味でもツイていた。

バスの中

バスはほどなく停留所を発車し、一路北へと向かって進路を取った。

ここでふっと気が抜けて眠気が襲ってきたが、安心するのはまだ早い。
なぜならこのバスにとってキナバル山は通過点なので、寝過ごさないように多少は気を張っていなくてはならない。

さて、ここらで落ち着いて車内を見渡してみると、どう見てもローカルな方々しか見受けられず、いかにバスでキナバル山を目指すのが観光客向けではないかがうかがい知れた。

現に90分後、無事キナバル自然公園前に着き、バスを降りたのは自分たちだけであった。

キナバル国立公園前

降ろされたのは「ほんとにここ?」と疑いたくなるような街灯も何もない真っ暗な場所だった。やむをえずヘッドライトを取り出し、空港でもらった地図を頼りに管理事務所のある方向へと向かった。

幸い、入り口は少し坂を上ったところにすぐ見つかった。
時間は22時のクローズぎりぎりに滑り込んだ。

受付でロッジを予約したConfirmation Sheetと空港で手配したドミトリーのVoucherを見せ、ようやくことなきを得た。

ここまでの道中、全てがウソのようにスムーズに進んでくれたため、なんとか無事たどり着くことができたが、歯車が1つでもずれていたらそこで全てが水泡に帰すところだった。
例えるならBボタン押しっぱなしでマリオをプレイするようなもので決して人様には薦められない。

キナバル・ロッジ

ともあれ、宿には無事たどり着いたが、ここで予定調和のように空腹感がやってきた。
時刻は22時を回っているわけだが、ここまで突っ走ってきたわけだから当然夕食も食べていない。

こんな山の中でこんな時間に空いているレストランがあるわけもなく、やむなく登山中の行動食にと日本で買ってきたチョコバーで飢えをしのぐ。

ドミの部屋に入るとすでに先客が1人いて床に就く直前だった。
New Yorkから来たと言うアメリカ人のRyanという青年だった。就職前の卒業旅行中だそうで聞けばすでに随分色々な国を探訪してきたようだった。

疲れと空腹に押され、話もそこそこにさっさと寝ることにした。思えばあな長い一日であったことよ。


オマケ:その夜、夜中にはっと目が覚めた時に面白い体験をした。
辺りを見回すと、完全なる暗闇で目を閉じている状態となんら変わらない。自分の目の前に手をかざしてみたが、それすらも視覚に捉えられない。生まれて初めてのことだった。
一瞬目が見えなくなったのかと驚いたが、まあいいやと思って目を閉じているとまたすぐにノンレム睡眠へと落ちていった。

2009年01月03日

私がブログを更新しないいくつかの理由

年が明けた。
ついに12月は一本も記事を上げなかった。
執筆中と言っていたボルネオ紀行も失筆のまま年を越した。
思えば一時は「週に2本ペースで更新します」なんて夢みたいなことも言っていた。

このままではまずい。実にまずい。
所詮自己満ブログではあるが、自分で自分にウソをつくようでは将来立派な大人になれない。

ということで

ブログを書かなくなった理由をブログで書く

という未だかつてない斬新な企画のお時間がやってまいりました。


私がブログを書かなくなったのには、それはそれはやんごとなき理由があるのです。
涙なしには語れない長い話ではあるが、あえて一言でまとめるならこの一言に集約されるでしょうか。











めんどくさいんです。





そう、めんどくさいんですよ。大して書くことないのに。
有名人のブログなんか見てるとね、よくまあまめに更新しててえらいなあなんて思うわけですよ。

とはいえ私だって「今日のお雑煮には3個おもちを入れました!」とか「道端にきれいなたんぽぽが咲いていたんです!」なんてレベルの他愛のない話でいいのなら湯水のごとく垂れ流せますけどね、私の日常さらしても誰も益することはないに決まってるんです。

と、ここで話が終わっては元の木阿弥なので、もう少し鈍筆(どんひつ)理由を考えてみたい。


・PCのパフォーマンスが落ちた
仕事用とプライベートで端末を使い分けているのだが、ブログを書くプライベートPCのパフォーマンスが最近著しく低下している。ま単純にHDD詰め込みすぎってだけなんだが、よし書くぞと思っていた時でも、なかなか起ち上がらなかったりすると一気に執筆意欲が失せて、「そうか今日は書かない方がいいってことなんだ」と解釈するシステムを導入している。
早々にプライベートPCを買い換える予定なのでこの問題は解決する予定。

・毎日の一行ネタで割とすっきりしてしまっている
実はこれは大きい。育てれば立派に「突っ込みたくて」のネタになることも毎日小出し小出しにしてしまっているので、それで十分すっきりしてしまうのだ。
(!)いや待てよ、逆にこれからは一行ネタを育てて「突っ込みたくて」に昇格すればいいではないか。
・・・ってなに俺は1人で盛り上がってんだ。馬鹿じゃなかろうか。

・世間とのしがらみ
そりゃあ昔はナイフみたいに尖っていた俺だけど、やっぱりね30歳を超えると「ああこれは書いたらいけないんだろうな」なんていう大人の事情に配慮しなければならないのですよ。
おやおや気が付いたら長いものには巻かれる汚い人間になっちまったもんだよ俺は。
しこうして、今年大殺界の俺ではないか、こうなったら開き直ってナイフ研ぎまくっちゃおうぜ大会開幕ってことでどうだろう。

つうことで今年のテーマは「とばすぜ、つかまりな」に決定。


こんなところだろうか。
というわけで更新しなくなった理由を考えて更新する理由に変えるというなんとも前向きな臨時企画、見事に成就。

これにともない、
ボルネオ・ジャングル紀行、近日公開。

以上、吹けば飛ぶようなブログのくせに年始から大層なこといってすんませんした。

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2008年11月30日

これまでの一行ネタ 2008秋

前記事からものすごい温度差があることを重々承知しつつ、12月を迎えるにあたり一行ネタ2008秋コレクションをご開帳。
重ねてhitori de dekirumonはこれからもアホ←→マジメを忙しく往復して参ります。

【2008年9月】
9/1 スポーツの秋だの食欲の秋だのでこの時期のTVが若干鬱陶しいWEBディレクター
9/2 自分よりうまく自分の名前を書かれると若干いらっとくるWEBディレクター
9/3 ジーンズを洗ったっていいじゃないかと思うWEBディレクター
9/4 着信メロディはもちろんダイバスターのOPテーマであるWEBディレクター
9/5 目薬をさす時のあの微妙な緊張感がたまらないWEBディレクター
9/7 思えば1年前は銀座で女装して踊っていたWEBディレクター
9/8 誕生日に届いたお祝いメールは唯一母からだけだったというWEBディレクター
9/9 炒飯にピーマンを入れるか入れないかで本気で喧嘩したことがあるWEBディレクター
9/10 最強のコラボレーションと言えば真っ先にモズク&お酢が浮かぶWEBディレクター
9/11 拭くだけメイク落としは肌によくないことを経験則で知っているWEBディレクター
9/12 ヨガの「下向きの犬ポーズ」は腰にくるWEBディレクター
9/14 Ctrlキーを押す時に小指がつったことがあるWEBディレクター
9/15 秋の味覚王と言えばサンマに決まってるだろと若干切れ気味で語るWEBディレクター
9/16 プールにある目を洗う用の二股蛇口の強さをうまく調節できないWEBディレクター
9/17 マドリッドで自動ドアに激突してデコから流血したことがあるWEBディレクター
9/18 「お気にのワンピ」と「お芋のケンピ」はよく似ていると思うWEBディレクター
9/19 田中と言えば角栄、鈴木と言えば善幸、高橋と言えば是清なWEBディレクター
※ちなみに佐藤と言えばやはり栄作だろう
9/20 全校集会でチャック全開だったためあっさりチャックのあだ名を戴いたWEBディレクター
9/21 ベルマーレ平塚はマンションの名前みたいだと思ったWEBディレクター
9/22 ジュビロ磐田、ヴィッセル神戸あたりもマンション名っぽいと思うWEBディレクター
9/23 秋分の日と10分の2は似ていると思うWEBディレクター
9/24 バケツサイズで作ってしまったため1週間豚汁三昧になったWEBディレクター
9/25 折りたたみ自転車を折りたたむチャンスがないWEBディレクター
9/26 学生時代ポケベルを持っていたのが今思うと笑えるWEBディレクター
9/27 タートルネックはチクチクするWEBディレクター
9/28 つけ麺屋とみればなぜあんなに行列ができるのか不思議でならないWEBディレクター
9/29 豚汁痛んで小虫がわいたWEBディレクター
9/30 「本日限り閉店セール」をいつもやっている店が気になるWEBディレクター

【2008年10月】
10/1 「女の子の気持ちを素直に唄った歌」程どうでもいい歌はないWEBディレクター
10/2 タクシーの運転手は急いでる時に限って話しかけてくる気がするWEBディレクター
10/3 折角の休日に夕方まで寝倒した時の罪悪感ときたら、なWEBディレクター
10/4 なんかのレシートを一緒に洗濯してしまうことがあるWEBディレクター
10/5 東京海上日動火災保険ってよく考えるとすごい社名だと思うWEBディレクター
10/11 未だボルネオのジャングル辺りをうろうろしているWEBディレクター
10/13 ジャングルより恥ずかしながら帰ってまいりました、WEBディレクター
10/14 1週間国内不在だったが、留守電預かり件数は0件だったWEBディレクター
10/15 最近のTVの芸人を使って感動させようという風潮が受け付けないWEBディレクター
10/16 オレオとリッツでオセロをしたことがあるWEBディレクター
10/19 ザリガニのザリって何?と思うWEBディレクター
10/20 老け顔の方の名前が若杉さんだった時になんだか残念に感じたWEBディレクター
10/21 賞味期限後1週間は圏内、2週間は挑戦、3週間は冒険と定義するWEBディレクター
10/22 いらっしゃいませを「せーっ」としか言わなくなった店員が増えたと思うWEBディレクター
10/23 リップクリームとスティックのりを間違えて使った(本当)WEBディレクター
10/24 ウコンの力の力をちょくちょく借りているWEBディレクター
10/25 世の中「カリスマ」とただの「人気」を混同して使っていると思うWEBディレクター
10/26 恋?と思ったら風邪の引き始めに過ぎなかったWEBディレクター
10/27 「3時間しか寝てない」という人は大抵4〜5時間は寝ていると語るWEBディレクター
10/29 細●さんという苗字の方に限って、逆説的傾向がある気がするWEBディレクター
10/30 イケメンとは、イケ面なのかイケMANなのかはっきりしてほしいWEBディレクター
10/31 しまおうしまおうと思いつつ扇風機出しっぱのまま季節は冬を迎えるWEBディレクター

【2008年11月】
11/1 カステラは本体よりむしろ上にかかってる薄紙をこよなく愛すWEBディレクター
11/2 バーベキューなんかで軍手をしている女子に萌えるWEBディレクター
11/3 秀吉の手相と同じと言われたが、なぜ彼の手相をご存知?と思ったWEBディレクター
11/4 晴れて今シーズンの1人鍋デビューを飾ったWEBディレクター
11/5 カーネルのおじさんは白いスーツで揚げ物は止めた方がいいと思うWEBディレクター
11/6 よそ見してて深爪したWEBディレクター
11/7 ウーピー・ゴールドバーグとQPコーワゴールドはよく似ていると思うWEBディレクター
11/9 好きな割にはビールの飲み比べをしても外す自信があるWEBディレクター
11/10 隠れ家居酒屋はぐるなびに載ってる時点でちっとも隠れてないと思うWEBディレクター
11/11 無性に食べたくなり真夜中に手打ちうどんをこしらえたことがあるWEBディレクター
11/12 男だてら変なカチューシャを見るとつい買ってしまうWEBディレクター
11/13 風邪薬は種類が多すぎてむしろ頭が痛くなるWEBディレクター
11/14 糸切りバサミは鼻毛を切るにも最適なことを知るWEBディレクター
11/15 坂本龍馬氏の誕生日そして命日につきしめやかに合掌するWEBディレクター
11/16 西武が優勝すると、そうだ松崎しげるは歌手だっんだと思い出すWEBディレクター
※西武ライオンズが優勝し優勝セール始まる
11/17 サザエさんは東芝提供なのにいつまであのテレビでいくのか気になるWEBディレクター
11/18 生活の中にちょいちょいジョジョのポーズを取り入れているWEBディレクター
11/19 紙幣を折ってニコニコ英世くんやニコニコ諭吉くんを制作するWEBディレクター
11/20 「レッ●カーペット」の判定はおかわり芸人に甘いと思うWEBディレクター
11/21 「得意料理は肉じゃが」という女子のアピールには一切左右されないWEBディレクター
11/22 扇風機しまった時になぜにストーブを出さなかったのかと口惜むWEBディレクター
11/23 半額シールに弱いWEBディレクター
11/24 パックの小さい醤油を開ける時飛び散りゃしないか緊張するWEBディレクター
11/25 「カラン」と「シャワー」を間違えて図らずも濡れネズミになるWEBディレクター
11/26 リップクリームを回しすぎて元に戻らなくなったWEBディレクター
11/27 エレベーターに乗ると方向感覚を失うWEBディレクター
11/28 ギター用に右手の爪だけ長いが、たまに妙な勘違いをされるWEBディレクター
11/29 よく見ると眉毛がつながっているWEBディレクター
11/30 「恋のバカンス」をうまくハモれないWEBディレクター

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 これまでの一行ネタ 2008春夏
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2008年11月25日

Greg and Annie

今回の投稿は完全に私信であることをご容赦願いたい。

I dedicate this article to my invaluable friends beyond the Pacific Ocean.

5年前、L.Aに留学し、大学寮225号室に入寮した。
最初の夜、枕も毛布もなくてバスタオルをかけて寝ようとしていた時、2人は帰ってきた。後に1年を同じ部屋で過ごすルームメイトのGregとその彼女のAnnieだった。
Gregが「あれ?彼は寝具がないらしいよ」と言うと、Annieは急いで自分の部屋に予備の寝具一式を取りに行って自分に貸してくれた。それが最初の出会いだった。

5 years ago, I studied abroad in L.A. and moved into the dormitory, room number 225.
At the first night, I didn't have any bedclothes and had to sleep with just one bath towel. Greg, my ex-roommate, and his girl friend Annie came back at the time. Greg found I didn't have any stuff, and Annie went back to her own room and brought me an extra pillow and blanket.
That was the encounter of us.


入寮したての頃は自分の英語はおぼつかなかった上、 Gregは基本的に無口なやつだったので、会話に窮することもあった。しかし、お互い映画好き、ビール好きという共通項があったため、ビール片手に今までに観た映画のよしあしについて語り合った。

Right after I joined 225, I couldn't speak English fluently, and basically Greg was a quiet guy. Therefore sometimes we had a hard time to communicate with.
But both of us loved movie and beer, we could have a fun time to talk about movies which we had seen before with beer.


自分の誕生日が近づいたある日、「何かほしいものはないか?」と2人に聞かれたので、遠慮がちに「じゃあビールがほしい」と答えた。
当日、2人は小さいながらもなんと樽でビールを用意してくれた。

When my birthday approached, they asked me what I wanted as a b-day present. I hesitated and told them, "I wanna have some beer."
At my birthday, they gave me a keg of beer.


最初のクオーターが終わった日、ドアに1枚の貼り紙があった。
それは「International Student用の棟に移るように」と言う内容だった。自分はInternational棟が一杯だったので臨時でRegular Student用の棟に入っていたのだが、空きが出たので移れ、ということらしい。
驚いてハウジングオフィスに赴き、なんとか今の部屋にいさせてほしいと頼んだが、「決まりだ」と突っぱねられた。

とぼとぼと部屋に戻ると貼り紙を見たAnnieに「なぜ225を出て行くの?うまくいっていると思ってたのに」と詰め寄られた。
(ちなみに彼女は女子棟の住人だったが事実上225の住人でもあった)

いやいや自分の意思じゃないから、と事情を説明すると、「わかった、じゃあ月曜にオフィスに行って話をつけよう」ということになった。翌週Greg、Annie そしてハウスメイトのHassan、Scottは本当に一緒にハウジングオフィスに行って「Nobuはもう225の一員だ」と説得してくれた。
お陰で自分は特別に225に留まることができた。

※2LDKの部屋を2人1部屋4人でシェアしており、もう一方の部屋の住人をハウスメイトと呼んでいた。

At the last day of first quarter, I found a note on our front door.
It said, "Please move to the building for international students."
I was astonished and visited housing office to ask them let me stay in 225, though, they just insisted, "That's the regulation."

I was disappointed and went back to our room. Then, Annie inquired about the note, and said, "How come you gonna move out? I thought we're on good terms."

(Actually, She lived in a dorm for women, but she was a resident of 225, in fact.)

I explained her that it was not my will, and she said, "OK. We gonna go housing office next Monday and need to resist about that."
Next week, Greg, Annie and other roommates, Hassan and Scott truly went up to housing office together and persuaded the staff that I was one of their companies already.
Thanks to them, I could stay in 225, fortunately.


土曜日は毎週のように狭いバルコニーでバーベキューをやった。
あくる日、昼寝をしているとAnnieが「まずいことになった」と自分を起こしにきた。バルコニー(2階)に行ってみると、GregとHassanがぽっかりと床に空いた大穴を見下ろしていた。
調子に乗ってバルコニーの床までバーベキューしてしまったのだ。
相談した後に、みんなでホームセンターへと出かけ、セメントを買ってきた。臨時の左官屋となり、四苦八苦しながら床を埋めてみたが ― 結果は前よりひどくなった。

Almost every Saturday, we did BBQ on a small balcony of 225.
Some Sunday, Annie came to wake me up and said, "Nobu, come over. We have a problem."
At the balcony, Greg and Hassan looked down a big hall on the floor like a dark cave.
We had got carried away and also barbecued the floor.
After a short conference, we made a decision to go Home Depot and get cement to mend a hall.
We became DIY carpenters and tried to fix them - the result was much worse than before.


大学とは別に週2回ハリウッドのプライベートスクールに通っていた。
車を持っていなかった自分はバスとメトロを使って通学していたが、ハロウィンを控えたある日大規模なストライキが起こり、あろうことかバスもメトロもぴたりと動かなくなってしまった。(しかもこのストライキ、考えられないことに2ヶ月続いた。)
完全に足を失い、困っていた自分を助けてくれたのは数少ない日本人の友人Akishi、そしてGreg、Annieだった。
行きはAkishiに乗せてもらい、夜には学校が終わった頃にGregとAnnieが迎えに来てくれた。しかも毎回。余りに申し訳なかったが、Annieはそれを察してかこう言ってくれた。
「Nobuのお陰で私たちはHollywoodのナイトドライブができるんだよ。」

I commuted twice a week to a private school in Hollywood in addition to university. I didn't have a car, so I had to make use of public transportation.
But a day of near Halloween a big strike was occurred. The strike influenced to supermarkets in L.A. and whole public transportation. It meant I completely lost my way to Hollywood. (Incredibly, the strike continued about 2 months.)
The one who helped me at the time was my Japanese friend, Akishi. He gave me a ride to Hollywood each time. And the other was, needless to say, Greg and Annie. They picked me up, when my class was over. Naturally, I felt so small but Annie seemed to notice that and told me like this way.
"Because of Nobu, we can drive Hollywood at night."


帰国の前日、自分が前から行ってみたいと話していたMt.Wilsonに連れて行ってくれた。Mt.Wilsonはキャンパスから見える山で、一度あちら側からL.A.を眺めてみたいと思っていた場所だった。
ところが、山頂手前のゲートで「今日はもう展望台は閉まりました」と言われた。
すると、あのクールで無口なGregが車から身を乗り出して、「彼は明日日本に帰るんだ。10分でいいから山頂からの眺めを見せてやってくれ」と頼んでくれた。係員は少し考えた後にOKと言ってくれた。
あの時に見たMt.Wilsonからの絶景を自分は一生忘れないだろう。

The previous day of my returning to Japan, Greg and Annie took me to Mt.Wilson where I had talked them one day I'd like to go.
But we were stopped at the front gate of the observatory. The guardian said, "We're closed already." Then, Greg thrust his body from the car and told the guy, "He is supposed to go back to Japan tomorrow. So please let him see the view from top of the mountain for just 10 minutes." The guardian considered a bit and allowed us to come in.
Probably, I'll never forget the view for the rest of my life.



2人とのエピソードにはキリがない。
L.A.にいた期間中、どれくらい彼らにお世話になったか計り知れない。
帰国した今もお互いの誕生日やクリスマスには電話、手紙、E-mailで連絡を取り合っている。
自分にとって"225"という数字は今でもラッキーナンバーだ。

I can't stop talking about their stories.
I can't tell how they took care of me while I was in L.A.
We're still keeping in touch via phones, letters, and emails at each b-day or Christmas.
For me, "225" means a special number still now.



先週、Annieから1通のE-mailが届いた。
「ニュースがある」の題名で始まったメールには、1葉の写真が添付されており、そこにはネクタイ姿のGregがドレスを着たAnnieの左手に指輪を着けるシーンが収められていた。

Last week, I got an e-mail from Annie as usual.
The subject was "Greg and I have news!"
In the email, a picture was attached. In the picture, they dressed up and Greg was about to put a ring on Annie's wedding finger.



うれしい。本当にうれしい。
まるで自分のことのようにうれしい。

できることなら飛んで行って直接お祝いの言葉を伝えたい。
しかし、それは叶わないので、アメリカ式にちょっとばかり回りくどくこの場を借りて慶びのメッセージを贈りたい。

I'm delighted, so delighted, as if it happened to myself.

If possible, I want to fly to L.A. and celebrate and hug them.
But now, it's difficult, so I'd like to send them my message via this page, though, I know that's very awkward.





Dear Greg and Annie,

I knew you two were a match made in heaven since even I met you. Actually, I was tired of waiting for hearing the news.
Now, I'm relieved, finally.
And I want you to do me a last favor now. At the time, you will have a baby, please give me a chance to be a godfather of him or her.

Congratulations.

Nobu





返信メールにここのURLを載せようと思ったが・・・さすがにかっこつけすぎなので、ひとまずは偶然発見してくれることを望む。
posted by n-o-b.net at 02:54| Comment(8) | TrackBack(0) | ■ 一人でできるもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月04日

シリーズ突っ込みたくて Vol.9[エコ]

 
 
かけがえのない私たちの地球。

海と緑の美しい星、地球。



その母なるコロニー宇宙船地球号がいま、悲鳴を上げています。

大気汚染、砂漠の拡大、熱帯雨林の減少、そして地球温暖化―。


繰り返される環境破壊を、もう黙って見過ごすことはできません。


これからhitori de dekirumonは「地球にやさしい」をテーマにしたエコブログminna de dekirumonとして生まれ変わります。


























ウソです。








それはもう真っ赤なウソです。
むしろとりあえず「エコ」と冠をつければなんでもあり的な風潮に一言もの申したいわけです。


特に最近鼻につきませんか?
「エコ」という印籠を傘に、本質とはかけ離れた商流を展開するオシャレ★エコ
それはもう苦々しくて、「ズレてるよ!」と鼻先三寸の距離でつっこみたくて仕方がない。


具体例で示したい。

雑誌などで
「エコはいまやファッションの一部です」
のような感じの記事を目にすることがある。

覚えている範囲だと「イマドキはオーガニック素材服が旬!」とか、「マイ箸携帯でモテ度アップ!」みたいな内容だった。


なんなんですかね、この違和感。


それは
・エコなファッション=かっこいい
裏を返せば
・エコじゃないファッション=かっこ悪い
という"新常識"を"ファッションリーダー"的ノリで押し付けられた疎ましさに他ならない。

ちなみに、蛇足ではあるが「ファッション」の辞書的な意味は「流行」である。

ということはだ。
「エコ」を謳いつつ、「ファッション」の名の下に買い替え、買い増しを促すことで、むしろ新たな生産、消費、そして廃棄という「流行サイクル」を生み出していることを意味する。

本質を欠いているとは言えまいか。


そして重要な事実として「流行」はすたれる。


いい例がある。

1年前、某有名ブランドが数量限定でエコバッグを発売した。
発売されるや、売れに売れ、各国で即日完売だったという。
台湾や香港では長蛇の列でき、日本でも発売前日から徹夜組が出て、ちょっとしたニュースとなったので記憶にある方も多いのではないか。

1年以上が経過した今考えると、「一体あの騒ぎはなんだったんだろうね」というのが世間的な感想なのではないだろうか。

供給側の意図はずっと崇高だったかもしれないし、エコバッグの認知と普及という目的はある程度達成したのかもしれないが、結局は一過性のブームであり、その後も社会はほとんど変わっていない。

これがいわゆる「流行」なのだと思う。

今後どこぞのブランドが似たようなことをしても同じことだ。
むしろブランド物のエコアイテムが流行れば、「折角だからエコアイテムだっていいものを」みたいな全く無駄なブランド志向を植えつけられる可能性すらある。

本来流行らすべきは、モノではなく意識じゃなかったの?と問いたい。



結論として、民間団体なり企業なりが、温室効果ガス排出をはじめ人類生態学=エコロジー上の大命題に対し、営利活動とは別になんらかのCSR活動にリソースを裂くことはあってしかるべき姿だと思う。
仮に、その目的がイメージ戦略であったり、結果としての営利活動であっても、目指す方向さえ合っていれば別にどうだってよいことだ。

ただ、「持続可能な社会」を本当に追求するのであれば、エコロジーを「恒久的な持続を前提としない」ファッション化するべきではない。

むしろ、真逆でかっこつけないことに本質があるのではないかと思う。



先のエコバッグの話で言うと、俺的には百均の巾着で十分だ。


以上、余り大層なことを言うと後々やりにくいのと、加味すべき大人の事情に配慮して、今回はこの辺にしておきたいと思う。


↓ジャカルタで開かれた「エコ」をテーマにしたファッションショーでの1枚。
eco-chic fashion showより
決して後ろ前逆に着てしまったわけではないと思う。主に廃材を利用して作ったらしいが、実用性ゼロの時点でやっぱりズレてると思う。
勝手にタイトルを付けてみた ― 「ひどく寝苦しい夜」


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posted by n-o-b.net at 02:00| Comment(3) | TrackBack(0) | ■ シリーズ突っ込みたくて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする